スパッタが消えた!?独創的なファイバーレーザー溶接技術を生んだ共同研究開発の現場とは?

金属(板金)の加工において画期的な技術と期待されたファイバーレーザー溶接でしたが、スパッタ(溶融金属の飛散)が多く出てしまい、とても実際の現場で使うことが難しいという問題がありました。そこで開発されたのが三菱電機株式会社と多田電機株式会社が共同で開発したスパッタがほとんど出ないファイバーレーザー溶接。この独創的な技術開発を主導した三菱電機の先端技術総合研究所、駆動制御システム技術部、専門技師である久場一樹氏と同技術部レーザシステムグループマネージャー、桂智毅氏、多田電機応用機工場の第二製造部、溶接機技術課開発グループ、上野彰大氏にお話を伺いました。後編では、どうやってスパッタを低減させたのか、成功の理由など、共同研究開発の現場に迫ります。


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ほぼスパッタが出なくなった影響

────まず、今回の成果について説明してください。

久場:
このグラフ(下図)の赤い線をみていただくとわかると思いますが、ほとんど地を這うようなスパッタ飛散量になっています。評価基準だった毎分4.5mの倍である毎分9mでも95%以上に近い量を減らすことに成功したのです。スパッタの発生を気にすることがなくなるため、レーザー出力も落とさず、溶接速度が上がります。

<図1>溶融金属の飛散量と溶接速度
<図1>溶融金属の飛散量と溶接速度

高速化が可能になれば、タクトタイム(1つあたりの生産時間)を下げることによって生産性の向上につながります。既存のファイバーレーザー溶接より格段にスパッタが少ないという以外に、そのために速度が速くなるということで省エネとなり、環境影響も低減されて、また溶け込みも深くなるために生産性も上がります。

私たちの技術でも速度を上げていけば、レーザービームのキーホールが到達できる深さは浅くなります。ただ、速度を上げていくデメリットとしてはそれくらいであり、スパッタ発生による制約なしに自在に出力と速度を変えることができるようになったことが重要なのです。

<写真1>三菱電機先端技術総合研究所駆動制御システム技術部専門技師久場一樹氏
<写真1>三菱電機先端技術総合研究所駆動制御システム技術部専門技師久場一樹氏


────今回の成果でスパッタの状態はどのようになっているのでしょうか。

久場:
実験データから詳細に得た実際の飛散量で比べてみると、従来のファイバーレーザー溶接が1.2mgだったのに比べ、今回の成果では0.05mgと95%以上の削減になっています。しかも、飛び散った溶融金属が母材にしつこく固着するような現象は、今回の成果では全くありません。仮にスパッタによる飛散があったとしても、布で拭けば取れる程度のものになっています。


<図2-1>棒グラフをみると実際の飛散量と速度の比較がわかります。今回の成果を定量的に評価することができるかもしれません。
<図2-1>棒グラフをみると実際の飛散量と速度の比較がわかります。今回の成果を定量的に評価することができるかもしれません。
<写真2>既存のレーザー溶接に比べると火花がほとんど出ていません。溶融金属のスパッタを95%以上削減し、また溶接箇所も非常にきれいに仕上げることができたといいます。
<写真2>既存のレーザー溶接に比べると火花がほとんど出ていません。溶融金属のスパッタを95%以上削減し、また溶接箇所も非常にきれいに仕上げることができたといいます。

────今回の成果で技術的な要点はどのあたりにあるのでしょうか。

久場:
今回の開発のポイントとして、加工点の周辺にわずかに弱いレーザービームを当てていることがあげられます。メインのレーザー光の周囲に、非常に弱いレーザー光を配置しているのです。

従来のファイバー出射ビームは、焦点位置では矩形の円柱状になります。しかし実際に溶接する場合、スパッタが出過ぎますから焦点位置の光強度の高い円柱状ではなく、焦点位置からずらして山型にして周辺への光をなだらかにするビーム形にして光強度を落とします。

一方、今回開発した技術では、中央部は焦点に近く、強いレーザー光強度を保ち、周辺の弱いレーザー光によって、ある意味ではフタをしてスパッタの発生を抑制するようになっているのが特徴なのです。


<図2-2>従来技術では、レーザー光を集めて照射していますが、今回の成果技術では中心に強いレーザー光を、周囲に弱いレーザー光を同時に発生させ、溶融金属の飛散量を削減しているといいます。
<図2-2>従来技術では、レーザー光を集めて照射していますが、今回の成果技術では中心に強いレーザー光を、周囲に弱いレーザー光を同時に発生させ、溶融金属の飛散量を削減しているといいます。

なぜスパッタの発生を抑制できたのか

────前編では、今回の研究開発に対する最初のアプローチとしてCO 2レーザーとの比較を上げていましたが、その後の経緯について教えてください。

久場:
今回の技術の研究開発をスタートする3年くらい前の段階では、私たちは周囲の弱いレーザー光ではなく、シールドガスをキーホール周辺に吹き付けることで同じことができないかと考えていました。そこで、CO 2レーザーとの比較で、2次熱源によるキーホール開口部の形状変化よってスパッタの発生が抑えられているのではないかという仮説を立て、同じようなことをシールドガスでやってみようということになったのです。

今回の技術テーマに関してはかれこれ10年間くらい続けてきた中で、その半分くらいの期間はシールドガスによる課題解決を目標にしてきました。そのため、シールドガスを使った技術も、実はかなり大きな成果が出ていますが、制御が難しいなどの課題が多く製品化まではいたっていません。キーホール開口部を制御すればスパッタの発生を抑制できるのではないかという発想については、このようにシールドガスを使って始めたころからある程度、狙っていたというわけです。



────周囲に弱いレーザー光を配置するとなぜスパッタの発生が抑制されるのでしょうか。

久場:
従来のファイバーレーザー溶接では、レーザー光によって垂直に狭い穴、キーホールが発生します。キーホールの後方に溜まった溶融金属が対流を起こし、上昇した溶融金属の速度が粘性を超えると外部へ飛散してスパッタになります。

これに対し、今回開発した技術ではメインのビームの周辺に弱いビームを当てることでキーホールの入り口がラッパ状に開いた形状になっています。このことで後方の溶融金属の対流方向が水平に近くなり、開口部の直径も大きくなり、急激な圧力変化がないため、溶融金属への衝撃が緩和されてスパッタが出にくくなっているのではないかと推定しています。

実際、ハイスピードカメラによる観察でもこの推定を裏付ける画像データが撮影されています。もちろん、学術的に本当にそうかといわれれば明言することはできませんが、キーホール入り口がラッパ状に開いていることがスパッタの発生を抑える重要なポイントと考えています。



<図2-3>弱いレーザー光によってキーホールの開口部をラッパ状に広げ、スパッタを発生させる溶融金属の上昇対流を緩和する様子。
<図2-3>弱いレーザー光によってキーホールの開口部をラッパ状に広げ、スパッタを発生させる溶融金属の上昇対流を緩和する様子。

────周囲を弱いレーザー光で囲むというのは難しい技術なのでしょうか。

桂:
この技術は光の波面をコントロールすることで可能となります。発振器を作っているレーザー屋としての純然たる光学技術ですが、通常の場合はレーザーを広がらせず、いかに絞るのかというコントロールが重要です。10kWという大パワーなので使える技術範囲がほぼ決まってしまうことも大きいのですが、シンプルに一つの発振器だけでレーザーを作り出し、その後の光学設計の組み合わせで強弱のレーザービームに振り分けているというのも私たちの技術の特徴です。

開発開始当時によく使われていたYAGレーザーは1kW、2kW程度でしたから、10kWという大パワーのファイバーで、95%以上のスパッタ抑制を達成し、その定量評価を示したのは世界初だと思います。また、光学系の問題としては、溶接している間にレンズに径方向の温度分布が発生し、焦点距離が変わってきてしまうという現象が起きがちです。そのため装置の冷却には工夫を凝らしました。


<写真3>三菱電機技術部システムグループマネージャー桂智毅氏
<写真3>三菱電機技術部システムグループマネージャー桂智毅氏

ハイスピードカメラによるリアルタイム観察

────先ほど、ハイスピードカメラによる観察という言葉が出てきましたが、溶接の分野でこうした観察はよく行われているのでしょうか。

久場:
溶接では散乱光に加えプラズマ発光など強烈に発光しますし、スパッタの動きは非常に速いため、これまでの溶接の研究開発では加工した後の結果を検証することが主で、実際に加工している状態をリアルタイムで観察することが難しかったのです。

ところが、2010年代の半ばごろからハイスピードカメラの技術が進化発展し、汎用性も高くなってきました。そのため、私たちは一般的なビデオカメラよりも多くのフレームレート(200fps以上)をもつ市販のハイスピードCMOSカメラと強力なLED照明光と独自に開発した撮像光学系を用いることにより、溶接現象を可視化して観察することができました。

もちろん、求める画像を得るためにどの程度の大きさピクセルサイズのカメラ本体にすべきか、またレンズの倍率はどの程度必要かなど、開発や調整が必要な技術は多かったのですが、溶接現象の情報を正確に得るためにはハイスピードカメラによる観察が欠かせませんでした。



────今回の成果において、ハイスピードカメラによる観察はどの程度、影響したのでしょうか。

久場:
私たちは、2010年頃から実際の溶接に関する実験データを動画の情報としてすべて残してあります。総数で言うと1万回分くらいあるでしょうか。おそらく世界的にみても、実験データをすべて動画情報として残している組織は私たちだけだと思います。

加工点をリアルタイムに観測した画像を実際のデータサンプルとともにすべて蓄積しつつ、それを分析することによって、スパッタがどうして発生するのか、スパッタ発生を抑制するためにはどうすればいいのかという仮説を立てることができました。

実際、ファイバー溶接の加工点をハイスピードカメラで観察してみると、溶接の進行方向の後方からスパッタが出ていることがわかりました。それならキーホールの周囲にスパッタを抑制するための何らかの工夫ができないかという発想に至り、最初はシールドガスを周辺に吹き付けるなど、いろいろ試行錯誤を繰り返したのですがなかなかうまくいきません。こうした失敗から、光学的に強弱の光を組み合わせて同時に照射するというアイディアに行き着いたのです。



────製品化された場合、こうしたハイスピードカメラの搭載も可能になるのでしょうか。

上野:
品質管理の面からもトレーサビリティの観点からも、特に自動車関係などの溶接の現場では記録用カメラで記録するようになってきています。カメラで記録して検品作業に使いたいとおっしゃるお客さまも多いので、量産ラインに乗せた製品でもオプションとしてクランク状にした加工ヘッドにカメラを搭載できるようにし、溶融時の溶接部分を直接観察してモニタリングできるようにしてあります。


重要だった高出力レーザーの応用技術とレーザー光学技術

────結局のところ今回の成果はどのような技術的な背景から達成されたと思いますか。

久場:
そもそも多田電機がもっていた10kWファイバーレーザー溶接のスパッタ発生という課題解決からスタートしたわけですが、多田電機が培ってきた高出力レーザー溶接の要素技術がなければ今回のような成果はできなかったでしょう。

レーザー発振器から光学系でコントロールする部分は、独自に設計開発したもので、光学パラメータを簡単に調整することができます。そのため、試験の条件変更の試行回数を上げることができ、今回の成果につながった理由の一つとなっています。

先ほどお話ししたとおり、ハイスピードカメラによるリアルタイム観察はかなり重要な要素でした。つまり、多田電機が持つ高出力鉄鋼用レーザー溶接の応用技術、そして私たち三菱電機の先端技術総合研究所の高出力レーザー光学技術があって初めてできた技術ということになるでしょう。


<写真4>開発用レーザーのためのクランク状の光学部分と左側に設置されたハイスピードカメラ
<写真4>開発用レーザーのためのクランク状の光学部分と左側に設置されたハイスピードカメラ

────今後の展開などについて教えてください。

久場:
まず、鉄鋼用のファイバーレーザー溶接の技術を煮詰めていき、短期的には鉄鋼分野での製品化を軌道に乗せることを目指しています。すでに、今回の成果を実際に反映させた鉄鋼用の溶接機が4台、多田電機で製造中です(2019年7月現在)。現在は、まだ鉄鋼溶接向けのみに反映させている技術ですが、本技術に関しては海外からの問い合わせもあります。将来的には、鉄鋼以外の一般の汎用機にも応用していき、量産化を念頭に置いて汎用ロボットに付けて使えるような製品を開発していこうと考えています。

ファイバーレーザーを産業用に小型化して溶接に使う場合、部品には大きくレーザー発振器、加工ヘッド、ロボットの3つがあげられるでしょう。産業用ロボットにはいくつか種類があり、高軌跡精度の溶接用ロボットを作っているメーカーは限られていますが、自社の発振器とセットにしたり汎用の産業用ロボットに組み込んでの事業化も含めて現在、検討中です。



まとめ

金属加工用レーザー溶接技術では、CO 2レーザーからYAGレーザー、そしてファイバーレーザーと発展し、効率もレーザー光の収束性も一気に超えていきました。スパッタの発生を極限まで抑制する今回の成果は、将来的にスポット溶接以外の高出力で連続する溶接場面で広く使われていく要素技術となっていくでしょう。ファイバーレーザー溶接が、多種多様な業種業態の金属加工分野により一層速い速度で広まっていくと考えられます。



文/石田雅彦


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