デジタル技術の進歩は世界を、確実に、大きく変えようとしている。身の回りのさまざまなモノやプロセスがデータ化され、アナログでは不可能だった最適化や効率化が実現しつつある。それは不動産など、デジタルと無関係と思われていた業種にまで広がる。しかしここで考えなくてはならないのが「人間」との関係だ。人間はデジタル化で高度化するシステムにどう関与し、共存すべきなのか。(株)情報工場が厳選した3冊の書籍から考えてみたい。
フットワークの軽い“知の探索”が「本当のデジタル革命」を加速する

『データ・ドリブン・エコノミー』
-デジタルがすべての企業・産業・社会を変革する
森川 博之 著
ダイヤモンド社
2019/04 292p 1,600円(税別)
過去20年間は「デジタル革命」の助走期にすぎない
われわれは「デジタル革命」の真っただ中にいる。それに異論のある人は少ないだろう。インターネットやスマホなどの発達・普及により、生活やビジネスは確実に便利になった。あらゆるものづくりも「デジタル」を前提としている。
しかし、東京大学大学院工学系研究科の森川博之教授によれば、実はデジタル革命は「これから」なのだ。著書『データ・ドリブン・エコノミー』で同教授は、これまでの約20年間はデジタル革命の「助走期」にすぎないと指摘する。
デジタル革命の主役は「データ」だ。だが助走期である今は、世の中にあるデータのほんの一部である「ウェブデータ」(ウェブ閲覧履歴、ウェブ購買履歴、画像・動画データ、SNSの個人関連データなど)の活用が主になっている。
森川教授のいう「本当のデジタル革命」の主役は、現実世界であらゆるモノやヒトが生み出す「リアルデータ」だ。生活空間や製造現場などにあるリアルデータをデジタル化して収集するための無線通信やセンサ、クラウド、また、それらを分析・活用するIoTやAIといったインフラが整いつつある。
そうしたインフラを駆使して、データを起点に利便性、効率性、生産性といった「新しい価値」を生み出す。それが、森川教授が本書で解説する「データ・ドリブン・エコノミー(データ駆動型経済)」に他ならない。
サイバー空間にリアル世界の“双子”を作る「デジタルツイン」
リアルデータの先進的な活用技術の一つに「デジタルツイン」がある。
モノが生成するデータや、ヒトが行うプロセスをデジタル化し、サイバー空間にリアル世界のコピー(デジタルツイン)を作成。それを使い、AIを駆使して分析・シミュレーションを行う。その結果はじき出された経済性や生産性の最適解をリアル世界にフィードバックする、というものだ。
実際、自動車メーカーのマツダは、エンジンや駆動装置など700項目の機能を数理モデル化したデジタルツインでシミュレーションを繰り返し、1リットル当たり30キロというガソリン車ではありえない燃費(燃料消費率)を実現した。
ただし森川教授は、リアルデータの活用は高度な技術を使わなくても可能なことを強調する。ビッグデータやAIも、場合によっては必要ないという。
例えば、街中にあるゴミ箱にゴミの蓄積状況を測るセンサを設置し、適切なタイミングでゴミを回収するシステムがある。ここで収集・分析されているデータは少量でビッグデータではない。それでも効率的なシステムが実現できている。
同教授によれば、データ・ドリブン・エコノミーは始まったばかりで、可能性を追求する「知の探索」フェーズにある。フットワーク軽く、積極的にリスクを負いながら、まずやってみる姿勢が大事だという。