金属加工における鋳造の歴史と分類~鋳造入門講座(1)

私たちの身の回りには金属を用いた道具・機械・設備が多く使われています。これら金属を加工して製品形状を作る方法には、鍛造・プレス・切削・溶接および粉末冶金などがありますが、その中でも鍛造とともにもっとも古くから用いられた金属加工法が鋳造です。その鋳造についての基本を今回から数回にわたって解説していきます。

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▽鋳造入門講座

鋳造とは?

私たちの身の回りには金属を用いた道具・機械・設備が多く使われています。家庭で使われている鍋・包丁・フライパンなどから住宅設備そして自動車・鉄道・航空機などの輸送機器まで、すべてが金属製品を採用しています。

これら金属を加工して製品形状を作る方法には、鍛造・プレス・切削・溶接および粉末冶金などがありますが、その中でも鍛造とともにもっとも古くから用いられた金属加工法が鋳造です。<表1>に各種金属加工法とその方法、特徴を示します。

<表1>金属加工法の種類と特徴
<表1>金属加工法の種類と特徴

このように鋳造は金属やその合金を溶融し、作りたいものと同じ形状の「空洞」を持つ「鋳型」に流し込み、冷やし固めて製品を作る加工方法です。ほかの加工方法と大きく異なるのは、一部のみ溶融して接合させる溶接を除いてすべて「固体」を加工するのに対し、金属・合金を液体にして(溶解)、その後型内部で固める(凝固)という「相変態」を伴うことです。このため、次のような長所と欠点を持っています。

<長所>

➀形状の自由度が高い
 型ができる限り、どのような形状でも成形が可能
➁大きさの自由度が高い
 数グラムの指輪から数百トンの大仏まで一体で製作できる
③材料選択の自由度
 基本的には溶解できる材料ならば鋳造可能。最近脚光を浴びているチタン合金なども鋳造できる
④生産数量の自由度
 1個から数千万個までの生産に対応できる。

<欠点>

➀液体から固体に変態するときの収縮が大きい
 収縮に伴う「引け巣」と呼ばれる鋳造欠陥が発生しやすい。
➁同じ理由で、内部組織が粗大化しやすい
 機械的特性が他の方法より劣る場合があり、設計に注意が必要。


鋳造の歴史

人間と金属の出合いは、川床などに純粋に近い状態で産出した自然銀や自然金を偶然発見し、これらを叩きのばして装飾品などを作ったことに始まります。このことから金属加工の歴史は「鍛造」から始まったと考えられています。その後紀元前5500年ごろのペルシャ(現イラン)で不純物を含むが銅が溶かされ、装飾品に使用されたのが最初の銅鋳物といわれています。紀元前3600年ごろに、メソポタミア南部(現イラク)で発展した文化を持ったシュメール人が銅に錫を10%程度合金させた「青銅」鋳物を発明し、さまざまな武器や生活用具を製作したことによって、青銅器時代(Bronze Age)が始まりました。

紀元前1500年ごろのエジプト・テーベ遺跡の墳墓から発見されたパピルス画によれば、当時すでに「ふいご」を用いた溶解を行い、「鋳造扉」を作る作業工程が記録されています。

これらの技術はかなり急速に世界に伝播しました。中国では紀元前1600年ごろから始まった商(殷とも呼称される)の時代から、種々の青銅鋳物が祭祈用器具として用いられていました。台湾の台北にある「故宮博物院」には、実際に商の時代以降製作された青銅鋳物が時代ごとに区分され展示されています。

鉄鋳物の歴史は、鉄が酸化して遺物の形で残りにくく正確に把握することが難しいとされていますが、中国では紀元前700年ごろの甘粛省などの遺跡から各種の鉄製品が発掘されており、この中に鋳鉄製品が含まれていると考えられています。

日本にはかなり遅れてこれらの技術が紀元前100年ごろに伝播し、当初は銅鐸・銅鏡などの制作に用いられていました。日本でも銅が大量に採掘・精錬されるようになった西暦745年から約10年がかりで製作された奈良の大仏は、当時の最先端の鋳造技術を採用しており、<図1>のように15mに上る全高を8段に分けて積層して鋳造されたと推測されています。

<図1>奈良の大仏の制作想像図(粘土などで塑像を作成し、これを転写して外型を作成した後、肉厚分の塑像を削ることにより鋳型空間を作成して青銅をこの隙間に注湯しました)
<図1>奈良の大仏の制作想像図(粘土などで塑像を作成し、これを転写して外型を作成した後、肉厚分の塑像を削ることにより鋳型空間を作成して青銅をこの隙間に注湯しました)

日本ではこれらの技術を用いて仏像や梵鐘など仏教の普及とともに全国に鋳物技術が伝播しました。また、遅れて伝来した「鋳鉄鋳物」は、当初は武器・農耕具などの生産に用いられましたが、室町時代になって「茶の湯」の隆盛にともない、各地で「湯窯」が製作されました。この伝統は現在でも「南部鉄瓶」などの伝統芸術品に伝承されています。

近代鋳造技術は18世紀後半から英国を中心に発展した「産業革命」にともない、機械部品を大量生産するために鋳鉄鋳物が開発され、蒸気機関車・紡績機械などの生産増加に寄与しました。その後は鋼の開発とともに鋼鋳物が開発され、新しく開発されたニッケル基合金、アルミニウム合金、チタン合金などの鋳造技術は順次開発され、自動車・航空機などの主要部品として各種産業の発展に貢献しました。


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鋳造技術の分類

鋳造技術は、いろいろな観点から分類が行われており、鋳型の特性から分ける方法を<図2>に示しています。鋳型が恒久的に使用される方式(金型鋳造)と、鋳物を作成するたびに鋳型も消失する方式(消失模型)に大別されます。

<図2>各種鋳造プロセスの体系分類
<図2>各種鋳造プロセスの体系分類

金型鋳造は一般に高圧ダイキャスト法と恒久鋳型およびセミ恒久鋳型鋳造法に分類され、さらにそれぞれの鋳造方案の違いにより細かく分けられます。高圧ダイキャスト法はアルミニウム合金などを用いて大量生産する方法で、自動車部品などに広く用いられています。高圧ダイキャスト法はこれから検討する「精密鋳造」の一分野であるため、別途詳細に検討することにします。

恒久鋳型およびセミ恒久鋳型は、重力を用いて金型に注湯して部品を製作する「重力金型鋳造」と重力とは逆方向に溶湯に圧力を掛けて金型に上向きに注湯する「低圧金型鋳造」の2種類に分類されます。

重力金型鋳造は<図3>に示す2分割構造の金型に注湯して急速凝固させ、強度の高い鋳物を作る方法です。生産数量に応じて手動開閉式と自動開閉式が採用され、また、健全な鋳物を製造するために注湯と同時に傾動させる「傾動金型鋳造」が採用される場合もあります。

<図3>重力金型鋳造用金型の例
<図3>重力金型鋳造用金型の例

このように基本的には2つ割りの金型を用いますが、砂型鋳造に用いられる「中子」を用いて中空形状などかなり複雑な鋳物形状も製造可能です。

金型鋳造では、鋳型や中子の砂の表面を溶湯の熱から保護し、鋳肌を改善、焼付を防止する目的で鋳型表面に断熱性のある材料を塗る「塗型」を行います。重力金型鋳造では金属製の金型に耐火物を含む「塗型」を行いますが、それでもあまり融点の高い材質を用いた鋳物は製造できず、アルミニウム合金、マグネシウム合金および銅合金の鋳物に限定されます。重力金型鋳造品の特徴は、鋳物の鋳肌が良いこと、凝固速度が速いため鋳物の強度が高く、自動車用の構造部品に用いられます。

低圧金型鋳造法は、重力金型鋳造と同様に金型を用いますが、注湯方式は上下反対です。<図4>に示すような構造の設備を用い、溶融設備(一般的には外熱るつぼ式溶解炉)の上方に金型を取り付け、密閉された溶湯の上面に空気(または不活性ガス)の圧力(0.01~0.1MPa)を付加して溶湯を重力の反対方向に押し上げ、金型キャビテイー内に注入する方法です。この方法では溶湯が金型下方からゆっくり充填されるため、溶湯が乱流となって鋳型を満たすときに発生する「気泡欠陥」や「酸化被膜の巻き込み欠陥」などが少ない健全な鋳物が得られます。

<図4>低圧金型鋳造設備の概念図
<図4>低圧金型鋳造設備の概念図

また<図5>に低圧金型鋳造の工程順序を示します。

<図5>低圧金型鋳造の作業順序
<図5>低圧金型鋳造の作業順序


この方法では、製品部が凝固した後付加された圧力を除去することにより、未凝固の給湯ランナーに残った溶湯をるつぼ内に収容できるため、注湯歩留まり(製品部と押し湯部の必要溶湯量の比)が良くなる効果も得られます。低圧金型鋳造では鋳肌がきれいで欠陥の少ない健全な鋳物が得られるので、気密を必要とする自動車用アルミ合金ホイールの製造プロセスとして広く用いられています。

一方、消失鋳型の主流は、恒久模型(木型など)を用いる消失模型法であり、さらに成型方法や成形材料などの違いにより分類されます。一般的に「砂型鋳造」とよばれている方法がこの中に含まれます。これらの鋳造方法の多くは日本では自動車用鉄系部品の大量生産鋳物の方法として用いられています。砂型鋳造の詳細ついては、次回に検討しましょう。



消失鋳型法の中に、模型も鋳物生産と同時に消失してしまう方法があります。この内ロストフォーム法は日本では「フルモールド法」として大物少量生産鋳物の方法として採用されています。

また最も精密な鋳物を製造する方式として、インベストメント鋳造法(ロストワックス鋳造法ともいう)があり、この方式の詳細についても今後検討します。

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著者: 那須征雄(なす まさお)
那須技術コンサルタント事務所所長 1944年愛知県生まれ。名古屋大学工学部鉄鋼工学科卒業後、日特金属工業株式会社入所。以後、技術者として第一線での活動を重ね、1998年住重精密鋳造株式会社代表取締役社長に就任。2003年退任後はキングパーツ株式会社で技術顧問。2012年に独立し、自身のコンサルティング会社を設立。

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