地域のタクシー会社が取り組む知的財産の標準化事例。地域の業界環境や社会課題に目を向ける〜知的財産の標準化という新たな当たり前を作る(後編)

INTERVIEW

郡山観光交通株式会社
代表取締役
山口 松之進

前編で、国際標準化について日本知財標準化事務所(JIPS)の知財標準化事業部長、マーケット・クリエイション・プロデューサー、藤代尚武(ふじしろ・なおたけ)氏に基本的なお話をうかがいました。今回は実際の事例として標準化を見据えて新たなビジネスモデルに取り組む企業を紹介しつつ、標準化の具体例を紹介したいと思います。

今回お話をうかがうのは郡山観光交通株式会社(福島県郡山市)の代表取締役、山口松之進氏です。同社は1955(昭和30)年に福島県の田村町(現、郡山市)でタクシー会社として発足した後、タクシー業を本業として観光バス、旅行、福祉、物流、物販、整備工場など多方面にわたる事業を展開してきたそうです。山口氏は、地域のタクシー業界が置かれた環境や少子高齢化といった社会課題に目を向け、自社事業の生き残りと課題解決の手段として独自ビジネスモデルの知財化と標準化を考え始めたと言います。

地域のタクシー会社が「知的財産の標準化」に取り組んだ経緯

──── 知財の標準化に関してどのような経緯で取り組まれたんでしょう。

山口氏(以下同):
弊社はバブル期まで順調に業績を伸ばしてきましたが、ご多分に漏れずバブル後から事業を縮小せざるを得ない状況になっていたところに東日本大震災が起き、福島県という地域はもちろん弊社事業にも大きな打撃がありました。

こうした環境の中で弊社は『孫の手』という介護タクシーを東北で初めてスタートさせ、その後、福祉に寄った旅行業などを始めました。これは、タクシーでご自宅と弊社の間を送迎し、弊社にて日帰り観光バスに乗り換えていただくというサービスですが、私が知る限りオリジナルのサービスなので同業他社に真似されたらどうしようという気持ちがあったんです。

『孫の手』に限らず、弊社オリジナルのビジネスをどうやって守っていくのか悩んでいたときにNBIL-5に参加し、商標やビジネスモデルの面でNBIL-5のメンバーに相談したところ、弊社の取り組みや将来の構想に興味をもっていただきました。その後、NBIL-5でディスカッションしたことを反映させ、定額タクシー、AI運行バス、産直レストランといったビジネスモデルを展開しつつあります。


──── NBIL-5については『みんなの試作広場』でも紹介していますが、真似されないための標準化という意味でしょうか。

弊社は中小企業という自覚があるからこそ、厳しい経営環境の中で自社のビジネスをどう守っていくのかといった視点で、相談させていただいてきました。もちろん、自社のビジネスモデルやサービスは、地域の中では真似されたくはありません。逆に地域の外ではどんどん真似してほしいんです。しかも、弊社のビジネスモデルに沿って正しく真似してもらいたいという思いがあって、まずは知財としての骨格をしっかりと作り、その後に標準化できる部分を他地域で共有してもらいたいという主旨です。


──── 知財と標準化の関係はどのようにお考えですか。

民間ビジネスとしては、いかに差別化をはかるかも重要です。弊社としては、ほかにはないビジネスモデルをやろうとしていますが、これを広げるためにどう標準化するか、どう汎用化するかは今後の課題になっています。

私の中には地域地域でそれぞれの問題解決をするべきだという根本的な考えがあるので、すぐに地域で適合できる方法を用意し、その後は地域ごとにアレンジしてもらって、やがて全国に広げてもらうという方向性になるかと思います。地域型タクシーの場合、地域の交通インフラとしての社会的使命や責任がありますから、全国規模など広い市場ではなく、それぞれの地元がやっていけるビジネスモデルでなければならないと考えています。

「定額タクシー」、距離から時間のビジネスに転換~標準化の事例①

──── 御社のビジネスモデルの中でまず定額タクシーとはどういったサービスなんでしょうか。

これは定額運賃制度と相乗りの2種類が合体したサービスになります。タクシーで相乗りしようとすると、タクシー会社が路線バスの免許をとらなければなりませんが、現在は社会実験の一部として特別認可をいただいてやっている部分もあり、旅行業の扱いの中で取り組んでいます。

旅行業というのは、タクシーの場合、メーターで走行距離や待ち時間によって料金をいただくわけですが、定額にするために弊社グループの旅行会社が間に入ってタクシー会社に仕事を発注する形にし、旅行会社がタクシーのメーター代を払うようにしました。走行距離や待ち時間によって変わるメーター代に対し、お客様からは定額で料金をいただく旅行会社がリスクを負って実際の変動するタクシー代を支払うことになります。


──── タクシー業界特有のビジネスモデルというわけなんですね。

タクシーというのは距離のビジネスなので長距離ほど料金が高くなりますが、距離のビジネスを時間のビジネスにしようという発想の転換が必要でした。数年前に弊社のタクシーの走行距離や待ち時間を分析してみたところ、実際にお客さまが乗車してメーターが上がっている時間の割合は20%しかなかったんです。

また、20%は空車で走っている時間で、地域型タクシーの場合、ほとんど流しで走行しませんから、空車で走っている20%は会社から駅前に向かったり、指定された待機場所に戻ったりする時間になります。そして残り60%は食事する時間なども含めタクシーが動かずに停止している時間となり、おおよそ半分の時間はタクシーがなにもしないで停まっているわけです。


──── 停まっている時間を利益を出す時間に変えるというのが定額タクシーというわけですね。このビジネスモデルは知財として権利化しているんでしょうか。

タクシーが動いていない時間をどう値決めするか、知財的にいえばタクシーという移動体による輸送の計画を立案する移動計画手段とそのシステムといった発明になります。定額で乗り放題タクシーというのは、この時間でなんとか利益を生み出そうということで考えたビジネスモデルで、現在は特許出願中です。

地域で広く告知している(提供:郡山観光交通)


──── このビジネスモデルは成立するのでしょうか。

弊社のタクシーは平均すると1時間あたり1,800円の売り上げを出していますが、これを1時間に3,000円くらい売り上げが出るようにしようと考えました。定額で乗り放題タクシーの場合、お客さまに1か月いくらという定期券を買ってもらい、どんどん乗ってもらってお客さまが増えていき、その結果として1時間3,000円になればいいわけです。


──── すでに始めていますか。

はい。郡山市で2020年10月から、4km四方のエリアを1か月1万円で相乗りで乗り放題というサービスを始めています。これは「安いタクシー」を作って他社から仕事を奪おうという考えではなく、自家用車や家族の車で移動している方々に「お抱え運転手」をシェアしていただき、タクシー業界へ新規需要を生み出そうという取り組みになります。

タクシーには高いイメージがつきまといますが、今すぐドアツードアで好きなところに行ける乗り物としては現状の価格は適正だと思います。しかし、日々自家用車の代わりになる乗り物としてはやはり割高になってしまう。そこで『月額定額』にすることによって安心感を与えてタクシー車両を活用していただき、結果として停まっていてなにも生み出さなかった50%の時間を売り上げに変えようという考えです。

これまでの実験ではタクシー代と比べると実質50%くらいの割引率になっており、お客様が割安に感じることもあり、利用者が徐々に増えてきています。また想定通りに自家用車からの交通手段としての乗り換えが増え、免許返納者も数多く出ています。これは確実に新規需要を生み出していると言えるでしょう。

車両の稼働率の向上と「定額」だから利用してくれる新規需要で十分採算に合うところまで総需要を増やしていけるのではないかと考えています。また、混雑時とか相乗りが嫌いとか時間指定とか、お客さまのご要望に応じて定額に追加料金などのインセンティブをつけて優先順位をつけていく可能性もあるかもしれません。


同社には、AI運行バスというビジネスモデルもあると言う。これは、ワゴンタクシーを使ったAI運行バスで、4km四方のエリアは定額タクシー、それぞれのエリアを乗り合いのタクシーとAI運行バスでつなぐ。山口氏は、従来からある地域のコミュニティバスは路線バスに過ぎないが、このAI運行バスは、よりフリーな移動手段で、知財的な表現でいえば利用者の利用に沿った形で結節点という拠点間の移動の経路と移動順番の予定を取得するライドシェアのビジネスモデルという(提供:郡山観光交通)
同社には、AI運行バスというビジネスモデルもあると言う。これは、ワゴンタクシーを使ったAI運行バスで、4km四方のエリアは定額タクシー、それぞれのエリアを乗り合いのタクシーとAI運行バスでつなぐ。山口氏は、従来からある地域のコミュニティバスは路線バスに過ぎないが、このAI運行バスは、よりフリーな移動手段で、知財的な表現でいえば利用者の利用に沿った形で結節点という拠点間の移動の経路と移動順番の予定を取得するライドシェアのビジネスモデルという(提供:郡山観光交通)


──── 定額タクシーは将来的に定着しそうなビジネスモデルですか。

定額制はある程度の人口ボリュームや基礎ユーザー数が基本ですが、地方へ行くほど高齢化率が高いので定額制を維持できる数のお客様が期待できます。これはまだはっきりとしたものではありませんが、ある地域の高齢化率から考えて高齢者の10%程度のお客様が利用してくれれば成立するのではないかと思っています。高齢化が進む地方ほど、ビジネスチャンスがあるのではないでしょうか。

例えば、弊社の場合、人口約1万7,000人の福島県田村郡三春町にもタクシーの営業所がありますが、売り上げは月に150万円ほどで赤字です。しかし、三春町の65歳以上の高齢化率は約30%、高齢者の人口は約5,700人で、このうちの10%、570人が月額1万円の弊社の定額タクシーを使ってもらえたとすると、月に600万円近い、つまり約4倍の売上になるんです。


──── タクシー業界を変えるような試みですね。

タクシー業界の多くでドライバーは歩合制です。もし、定額タクシーで月の利益が確保できるようになれば、固定給にすることができ、仕事の内容も収入が安定します。そうなれば、これまでタクシー業界を避けていたような人材が、タクシードライバーという職業を選んでもらえるようになるかもしれません。

私は、タクシードライバーを、地域の活性化を担い、かつ見守りが必要な高齢者を含めたお客様の日常的なサポートをし、地域の皆さまとコミュニケーションをとるような、コンシェルジュ的な役割ができるプライドをもった職業にしたいと考えています。また、新しい時代の新しい交通手段として、例えばタクシーをエリアキャブ、ドライバーをキャプテンといったように新しい呼び方にしたいんです。


郡山観光交通株式会社 代表取締役 山口松之進(やまぐち・しょうのしん)氏。
1955年グループ創業。タクシー事業からスタートし、運輸、バス、整備、物販等を展開。2018年復興庁による「復興事業事例顕彰」、2019年環境省による「第7回グッドライフアワード環境大臣賞優秀賞」表彰(提供:郡山観光交通)
郡山観光交通株式会社 代表取締役 山口松之進(やまぐち・しょうのしん)氏。
1955年グループ創業。タクシー事業からスタートし、運輸、バス、整備、物販等を展開。2018年復興庁による「復興事業事例顕彰」、2019年環境省による「第7回グッドライフアワード環境大臣賞優秀賞」表彰(提供:郡山観光交通)



「産直レストラン」、農産物の地産地消のツアー~標準化の事例②

──── ほかに標準化を視野に入れたサービスはありますか。

産直レストランというビジネスモデルがあります。これは2019年に環境省のグッドライフアワードで環境大臣賞優秀賞をいただいた青空レストラン・フードキャンプというブランドですが、福島県内の田んぼのわきに簡易レストランを作って、地域の農産物の現場に日帰りで足を運び、生産者の話をうかがいながら一流シェフが産地の食材で作った料理を生産者と一緒に味わうという地産地消のツアーです。

これはすでに実際に取り組んでいて、夏季は毎週末開催し、都市部・地域や年代性別に限らず、食に関心のある多くのお客さまに参加していただいています。この食の事業に関係しては、タクシーを使った生産物の貨客混載の配送システムについて検討しており、知財的にはこちらのほうがメインになります。


産直レストランの様子。同社直営のほか、このサービスを他社や公共団体などから業務委託としても行っているという(提供:郡山観光交通)
産直レストランの様子。同社直営のほか、このサービスを他社や公共団体などから業務委託としても行っているという(提供:郡山観光交通)


──── 標準化についての具体的なお考えはありますか。

同じ課題に直面する全国のタクシー会社を中心としたネットワークで結んだ協議会的な集まりを作り、標準化した弊社のビジネスモデルをそれぞれの地域に思いのある協議会のメンバーに使ってもらおうという気持ちもあります。弊社はタクシー業を中心にしてバス、旅行、福祉介護、物販など多種多様な業務をやっているので、これらの組み合わせのノウハウも持っています。こうした個別業種業態の組み合わせもアドバイスできるはずです。

また、標準化した場合、品質を守って導入していただける同業他社にはこれらの知財やブランドをライセンス供与させていただくつもりですし、ケースバイケースですが弊社の条件を受け入れていただける場合はフランチャイズのような形で使っていただくことも考えています。


──── タクシー業界の新しいビジネスモデルなので標準化は難しいのではありませんか。

いえ、標準化には大きく3つあるそうなんですが、1つ目はBtoBなどそもそも規制対象ではない分野でのケース、2つ目は電気製品などの細かい部品を標準化するケース、3つ目は大きな分野として規制がかけられているけれどまだ規制が決められていない細かい技術や部品などについて規制官庁も判断できないケースです。最後の3つ目では、規制官庁がやって良いとも悪いとも言っていない技術やビジネスモデルにおいて弊社のような民間で先行して成功事例を蓄積して標準化するということが可能です。

タクシー業界での標準化では、規制官庁が細かく決めている部分もあればまったくなにも決められていない分野もあります。判断の基準がない場合、規制官庁はとりあえず許可しない傾向がありますが、すでに民間での取り組みでうまくいっているようなら先行事例を標準化として認めることも少なくないので、弊社としては標準化を見据えながら、今はとにかく先行者として実践して成功事例を蓄積していくことに注力しています。


──── 全国の地域型タクシー会社の生き残りにもつながりそうですね。

弊社のビジネスモデルは、これからどんどん深刻になっていく社会課題の解決にもつながると考えています。地方は特に高齢化や過疎化が進んでいますから、買い物難民やフード・デザートといった社会問題が起きています。高齢化で免許返納が増え、自家用車という足を失った高齢者はますます外出しなくなっているんです。定額タクシーやAI運行バスという地方の交通インフラを成立させることで、外出する意欲が増し、地域での消費も増え、社会的な課題を解決すると同時に地域経済の活性化にもつながるでしょう。




今回は地域のタクシー会社が取り組んでいるビジネスモデルの知財化と標準化の動きを紹介しましたが、自社の強みを活かし、アイディアやノウハウを特許でしっかり守りつつ、業界全体の利益と地域の活性化のためにも取り組み自体を広めていきたいということでした。一連の連載では、知財のIP(Intellectual Property)ランドスケープによる経営戦略と技術マーケティング、意外に低い国際標準化へのハードル、標準化によって社会課題の解決を視野に入れた事業展開などを紹介しましたが、非常に興味深く新たな知見を得られるお話をうかがうことができたのではないかと思います。


文/石田雅彦