「人間拡張」が人と社会にもたらす可能性と、最新研究事例~社外有識者を活用した事業開発・リサーチの可能性(2)

INTERVIEW

国立研究開発法人産業技術総合研究所
人間拡張研究センター 研究センター長
持丸 正明

新規事業への参入・投資プロジェクトを検討される企業向けに、業界関係者や社外有識者の知見や専門情報を伺う本連載。今回は、従来人間が持っている能力を補い、強化するという意義をもつ「人間拡張(Human Augmentation)」技術に注目します。国立研究開発法人・産業技術総合研究所(産総研)人間拡張研究センター長の持丸正明氏に、人間拡張とは何か、また同センターが行っている他社との最新研究事例についてお話を伺いました。

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「人間拡張(Human Augmentation)」とは

新規事業への参入・投資プロジェクトを検討される企業で参入業界の情報取得・整理・分析が行われている一方で、こと製造業においては通常の調査では得られないような業界関係者や社外有識者の知見・専門情報の獲得が重要ではないのでしょうか?
Human Augmentation、人間拡張について、一つの決まった定義はありませんが、「人間の能力を補完、向上し、また、新たに得ること」と言えます。2018年に設立された、国立研究開発法人・産業技術総合研究所(産総研)人間拡張研究センターの研究センター長の持丸正明(もちまる・まさあき)氏をガイド役に、同氏が行ってきたデジタルヒューマンの研究、人間拡張の未来について紹介します。


──── 人間拡張とは、いったい何なのかを教えてください。

持丸正明・研究センター長:(以下同)
英語の「Human Augmentation」の日本語訳に相当します。「Augmentation」とは増強、増大させることで、音楽では半音上げるという意味で使われています。Augmented Realityを、日本語で拡張現実と訳した流れから、「Human Augmentation」は人間拡張と訳されています。広い意味では、顕微鏡や望遠鏡も人間拡張ですが、産総研の人間拡張研究センターでは、情報技術やロボット技術を活用したウェアラブル(装着できる)、またインビジブル(見えずにそばにある)なシステムを研究対象とします。

これらのシステムの装着・利用によって、人間単独の時よりも能力を拡張することはもとより、その継続使用によって人間自身の能力も維持・増進できるようにします。それらが社会で継続的に使用され、新しい産業基盤になるような状況を目指しています。


──── 先生はまず、人間工学からスタート、そしてデジタルヒューマン領域を研究されていらっしゃいます。デジタルヒューマンとは、生活空間と情報空間を橋渡しするためのインターフェイス技術の総称であると思いますが、先生の研究事例を教えていただけますか。

私の研究の基本になるのは人の多様性です。我々はラボで、身体のさまざまな部分を計測して統計処理をしてきました。オンラインで太ったりやせたりさせるわけです。3次元形状データをモデル化して、分析して個人差を合成します。洋服でいえば、7号、9号、11号といったサイズがありますが、それをデジタルで作ります。洋服のオンワード樫山と一緒に研究いたしました。
花王とは、年齢を重ねると増えるほうれい線をどう化粧でカバーするのか、という研究のために、顔形状の加齢変化もつくりました。


──── 産総研は、製品の人間中心設計の現場で活用することを目的に、「Dhaiba」と名付けられたデジタルヒューマン技術のプラットフォームソフトウェア人体機能モデルを開発しています。3次元メッシュやスケルトン構造などの基本的なモデルを編集・可視化、ヒューマンモデルの生成・姿勢再現・評価といったさまざまな機能を、アドオンパッケージとして利用、Python言語で記述されたスクリプトや、C++言語で記述されたプラグインを作成することで、自由にカスタマイズされたアドオンパッケージを開発することができるとされていますが、研究にはこのDhaibaWorksを使っているということでしょうか。

(提供:産業技術総合研究所)
(提供:産業技術総合研究所)


そのとおりです。「Dhaiba」としたのは、当初、東京のお台場の研究所で開発していたからその名前がつきました。
車を例にとると、新しい車を作るとき、世界中の人が乗り降りできるようなものを作らなければなりません。平均的な人を連れてくるのは簡単ですが、うんと背の高い人、太った人を実際に連れてくるのは難しい。万人に幸せに使ってもらいたい。そのためにはコストや時間もかかってしまいます。マツダと一緒に研究しましたが、実際の人ではなくコンピュータ上に実験できるには、どうすればよいのか。みんなが幸せにモノ(商品)を使えるようにするにはどうすればよいのかということを研究しています。

体形のシミュレーションも行いました。ユニシスと行ったものですが、私が8kg太ったアバターを作りました。


(提供:産業技術総合研究所)
(提供:産業技術総合研究所)


持丸氏がモデルになっている(提供:産業技術総合研究所)
持丸氏がモデルになっている(提供:産業技術総合研究所)


国立研究開発法人産業技術総合研究所人間拡張研究センター研究センター長 持丸正明氏。
1964年生まれ。1988年、慶應義塾大学理工学部機械工学科卒。1993年、同大大学院博士課程生体医工学専攻修了。同年、通産省工業技術院生命工学工業技術研究所入所。以後、産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究ラボ 副ラボ長、デジタルヒューマン工学研究センター長兼サービス工学研究センター長、産業技術総合研究所人間情報研究部門部門長を歴任後、2018年から現職。専門は人間工学、バイオメカニクス、サービス工学。人間機能・行動の計測・モデル化、産業応用の研究に従事。2002年、新技術開発財団より市村学術賞受賞、2011年、経済産業省工業標準化事業表彰 経済産業大臣表彰など。博士(工学)。ISO PC329国際議長。消費者安全調査委員会・委員長代理。
国立研究開発法人産業技術総合研究所人間拡張研究センター研究センター長 持丸正明氏。
1964年生まれ。1988年、慶應義塾大学理工学部機械工学科卒。1993年、同大大学院博士課程生体医工学専攻修了。同年、通産省工業技術院生命工学工業技術研究所入所。以後、産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究ラボ 副ラボ長、デジタルヒューマン工学研究センター長兼サービス工学研究センター長、産業技術総合研究所人間情報研究部門部門長を歴任後、2018年から現職。専門は人間工学、バイオメカニクス、サービス工学。人間機能・行動の計測・モデル化、産業応用の研究に従事。2002年、新技術開発財団より市村学術賞受賞、2011年、経済産業省工業標準化事業表彰 経済産業大臣表彰など。博士(工学)。ISO PC329国際議長。消費者安全調査委員会・委員長代理。



「パンプス」、「バトミントンウエア」の開発~研究事例①

──── カスタマイズできれば、一番効率が良いのでは。

調節可能なら良いのですが、靴もメガネも、調整可能ではありません。
パンプスについて男性はなかなか理解できないのですが、女性に聞くと履き心地が良い靴になかなか出合えず、本当に苦労されています。なぜかというと、運動靴や男性の靴は甲が覆われていてそこをヒモでしめて調整が可能なのですが、パンプスは甲の部分が開いていて、ヒモで締めることができません。そのうえ、かかとが上がっています。しかも、女性はストッキングを履いています。ストッキングの摩擦係数からいうと、滑りやすいものの上に乗り、滑り台のようなものに立って、そのうえ甲の部分がおさえられていないという不安定な状態になります。

浅草にある日本皮革産業連合会と一緒に、履き心地の良い革靴を作ろうということになりました。摩擦を計算して、足の形を分析します。無理に甲を覆わなくても、摩擦で前滑りしにくい。ゴムのような摩擦ではなく、形状に沿う「掘り起こし摩擦」(固さに差がある場合、固い方の材料の突起が柔らかい材料にめり込んで溝を掘るように進むことで起こる摩擦)で、足が前に落ちにくくなるパンプスを作りました。


(提供:産業技術総合研究所)
(提供:産業技術総合研究所)


そのための木型は、「i/288(288分のアイ)」、つまり288個の木型をつくりました。サイズとしては144種類あって、形が違うものを2種類作って計288個です。
お店に行くと、足をフットスキャナーで測り、このへんですね、ということで試し履きをして、後から同じ靴が届きます。左右別でも可能です。
100%オーダーメイドであれば良いのですが、コストがかかります。1,000人のために1,000足の靴を作るのではなく、10人に合う1足を作ることで、個別対応できます。


──── 足以外ではいかがですか?

ヨネックスと一緒に行ったのですが、動いている最中に、皮膚がどう伸びるのかということを調べました。モーションキャプチャーと全身4次元の形状計測で、コンピュータ―グラフィックスを使い、バトミントン競技でスマッシュをするとき、どこの皮膚が伸びるかがわかります。今、伸びる繊維がありますが、1方向に伸びる方が、伸び率が高い。しかし、縫い目は伸びません。一見、普通のTシャツのようにできているのですが開くと、全然違うところに縫い目があるというものを、バトミントンウエアとして共同開発しました。


(提供:産業技術総合研究所)
(提供:産業技術総合研究所)


「ゴルフシューズ」、「バッティング用グローブ」の開発と安全性向上への寄与~研究事例②

──── スポーツ競技でも効果を発揮されました。

ヨネックスは当時、プロゴルファーの石川遼君と契約していました。我々は、彼のスイングの飛距離を延ばすプロジェクトに参加しました。

靴が得意なので、ゴルフのスパイクのピンの裏に加重センサーをつけて、スイングのときの加重のかかり方を調べました。ゴルフクラブを頭上に高く上げるトップという姿勢の時、上手な選手は地面にねじるようなトルク(回転)が残ります。身体を止めているのに、ねじりトルクが残るのは、ゴムの棒をねじっているように、筋力を使わなくても戻ることができるからです。

靴底のプラスチックピンで芝生をずれずにグリップするためには、ピンをどの場所におくのが最適なのかを調べ、どのピンをどの配置にするかを設計しました。フィールドテストをしたところ、飛距離が7ヤード延び、成果がでました。


(提供:産業技術総合研究所)
(提供:産業技術総合研究所)


バッティング用グローブ(手袋)もミズノと一緒に研究しました。
バッティングするとき、グローブの折り目を見ると、小指は指の腹に縫い目がきてしまいます。垂直におりるように作ってありますが、手の甲の部分の皮膚は伸びますが、グローブの皮は伸びません。3次元のパターンで何度ねじれるように縫製するかを設計しました。
伸びる方向を調べて、皮に伸びる繊維を入れ、バットコントロールに重要な小指と薬指の腹の部分に縫い目がこないように、何度ねじって縫製すればよいのかを研究しました。

ミズノは縫製部分を、白地に黒にして目立たせ、製品の特性がわかるように発売しました。そのグローブを日本ハムからジャイアンツに移籍した長距離ヒッターの小笠原道大選手が使って試合に出場したため、高校球児によく売れたそうです。


(提供:産業技術総合研究所)
(提供:産業技術総合研究所)


凸版印刷とは、食用ゼリーを取り出すプラスチック容器を共同で研究しました。普通のプラスチックのふたは指がすべるので、はがして開けにくい。指の側面でふたをつまんだほうが高い摩擦で決まります。ところが、摩擦係数は指の腹でも側面でも変わりませんが、人差し指は力が弱いため、はさむ力は人差し指の力以上は出ません。
 
粘着科学になりますが、真っすぐにはがすより斜めにはがす方が、力がかかりません。一番力がいるのは、ふたの端をつまんで引きはがす瞬間です。そのためには、思わず、親指でつまんで斜めに引っ張るというデザインを提案しました。
 
デジタルヒューマンは安全性にも寄与しています。
子どもが使い捨てライターを着火する事故が頻発したため、5歳未満の子どもが操作できない押込み力を42ニュートンと割り出しました。我々の研究結果から、JISがこの数値をチャイルドレジスタンス機能として採用しました。これで、子どもの使い捨てライターによる死亡事故がほぼゼロになりました。

また、公園の遊具では、子どもが落下したとき、頭を打った際の脳への衝撃を再現、床材の素材を変えて測りました。その結果を踏まえ、たいていの都内の公園の遊具の床材はラバー製になっているかと思います。


(提供:産業技術総合研究所)
(提供:産業技術総合研究所)


後編では、デジタルヒューマン技術からサービスを加え、人間拡張へと発展させる産総研の取り組みを紹介します。


《後編に続く》

文・写真/杉浦美香


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