高速移動体を光で正確にトラッキングする在来線・新幹線での実証実験とは《慶応義塾大学~次世代高速列車通信システム:後編》アカデミアに聞く、産官学連携プロトタイピング事例(2)

INTERVIEW

慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科
春山 真一郎教授
理工学部 情報工学科
寺岡 文男教授 森 康祐助教

『アカデミアに聞く、産官学連携によるプロトタイピング事例』連載第2回目は、引き続き慶応義塾大学の次世代高速列車通信システムを紹介します。

慶應義塾大学創立150周年に新設されたのがシステムデザイン・マネジメント研究科(System Design and Management、SDM)です。同科の春山真一郎教授は、4K、8Kなどの高精細な動画に対応する5G(第5世代移動通信システム)時代の光通信技術開発を行っています。5G、さらに6Gの時代を見据え、高速列車内での快適なネット環境を作る最先端の技術についてインタビューしました。

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高速列車通信に「光空間通信」を、レーザースキャン方式とは

──── 列車通信は、当初は地上側の指令所と移動する列車との間の連絡で始まりました。乗客のための無線LANサービスでは、2006年に商用サービスが始まったつくばエクスプレスをはじめ、東海道新幹線など高速列車内で実施されています。5G時代、増える通信速度、容量にこたえるには、現在の漏洩同軸ケーブル(Leaky Coaxial Cable、LCX)方式では限界があるとされます。春山教授は、現在、他所で研究が進められているミリ波(30~300GHzの電波)通信ではなく、光通信を使った技術開発を行っています。その中でも今、取り組まれている光通信のレーザースキャン方式について教えてください。
 
春山教授:(以下同)
光空間通信は、これまでの光ファイバー通信で培われた技術やデバイスを利用できます。通信速度も毎秒テラビット級で超高速の技術も実現しています。その中でも、採用したのが、列車が移動中に列車側の装置と地上基地局側の装置で互いにビーコン光の補足と追尾を行いながら、光通信を行い、列車の移動に従って、地上基地局側の装置を隣接する装置にハンドオーバーすることで、連続した通信を実現する方式です。ここでは、基地局をつなぐときに、いかに正確にレーザービームを制御するのか、切り替えるときはいかに早く切り替えるかがカギになります。

(提供:春山教授)
(提供:春山教授)


実は、この方式で研究を始めたときは、先頭の車両にレーザー送受信装置をつけました。そうすると、走っているときにだいぶん先の(地上の)基地局を見つけなければなりません。それより、最後尾の車両に装置をつけ、基地局を通過した直後に見つければ良いわけです。距離としては10mぐらいでしょうか。ずっと容易になります。

基地局側はレーザー光以外に、LEDのビーコン光を照射しますが、このビーコン光がとても強いので発見しやすいのです。レーザー光はどこに向いているかわからないうえに、光も弱い。通過直後に強いビーコン光を見つけた方が良いと気づきました。

JR鉄道総研からは、列車の位置が他の方法で検出できればレーザービームの方向を制御できるのではと、提案をいただきましたが、位置データは相当に正確でなければあまり意味がありません。必要な精度はメートルといった単位ではなくミリ単位の正確さです。提案ではそこまでにいたりませんでした。作る側にとって重要なのはシンプルさです。「シンプル・イズ・ベスト」だと思います。

共同研究している慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 春山真一郎氏(中央)、同大理工学部情報工学科の寺岡文男教授(左)、森康祐助教(右)
共同研究している慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 春山真一郎氏(中央)、同大理工学部情報工学科の寺岡文男教授(左)、森康祐助教(右)


正確に光をトラッキングすべく、イメージセンサーと4分割フォトダイオードを使用

──── 光をトラッキングする工夫を教えてください。

通信を行う機構は、通信用レーザー光がミラーで反射され、(地上の)相手側の通信装置に向けて光が放射されます。相手側からきたレーザー光は、ミラーで反射されたのちに通信用受光素子に到達します。正確に制御するためには、双方に設置された検知用のトラッキング用ビーコン光源の光を敏速に補足して正確に追尾することが重要です。イメージセンサーと望遠4分割センサー(QPD)の2種類を用いることにしました。

(提供:春山教授)
(提供:春山教授)


(提供:春山教授)
(提供:春山教授)


カメラで相手のビーコン光を検出。シグナルをうけるだけではなく、方向を正確に計算し、計算できたらそこに、レーザー光を向けます。今度は、レーザーの中に正確に相手を見つけ出すQPD(4分割フォトダイオード)を埋め込んでいて、徐々に遠ざかる景色のなかにビーコン光が観測されると、それをトラッキングしてその方向にレーザービームを向けます。次に、カメラで次の基地局のビーコン光を検出したら、その基地局にハンドオーバーするわけです。

カメラを使うのは、周辺のビルの窓ガラスに反射した光などを拾ってしまうことを防ぐためです。画像として認識するとよりインテリジェントになります。


在来線、新幹線での実証実験と、そこから見える課題

──── 在来線、新幹線の走る列車で実証実験を行ったのは先生の研究だけと伺っています。

JRの協力を得て、まず在来線で実験を行いました。列車の最後部乗務員室に、1Gbps(1,000Mbps)のレーザー通信装置を用いました。試験区間の速度は時速120~130km/h。列車が通過した直後から通信が始まります。3つの基地局を切り替えながら通信させましたが、切り替えてもハイビジョン動画が最後まで途切れることはありませんでした。621Mbpsの通信速度を出すことができたわけです。成果が出てJR鉄道総研もとても喜んでくださいました。


在来線を使った実証実験(提供:春山教授)
在来線を使った実証実験(提供:春山教授)


次に新幹線を用いた実験を行いました。実際に客が乗車している車両でしたので、安全のために線路から10m離れたところに通信装置を置かざるをえませんでした。在来線の実証実験のときは2mでしたが、新幹線は10mと離れており、時速は約240~270km/h。新幹線の通過直後に列車と地上のレーザー装置間のリンクを確立することができました。

新幹線を使った実証実験(提供:春山教授)
新幹線を使った実証実験(提供:春山教授)


──── 遮蔽物などがあると、途中で途切れる恐れがあるかと思いますが、地上側のレーザー送受信の基地局はどのぐらいの数が必要になりますか。

東海道新幹線の東京―新大阪間、556kmは1直線ではなく、カーブしてくねくね曲がっています。こうした条件でシュミレーションすると、 どんなに通信距離性能がよい装置を考えても、通信距離は300~400メートル程度に限定されてしまいます。裏をかえせば、通信装置の性能は300~400メートルでよいということになります。 そうすると、1,800~1,300個が必要ということになります。
 

──── 課題を教えてください。

JRとしての運行側の懸念は、列車にとりつける装置のミラーに可動部があるということです。JRとしては、20~30年の耐久性がほしいわけですが、そうなるとハードルはぐっと上がります。私としては、5年に1度ぐらいで交換すれば対応できると思うのですが……。この点では、アンテナを使い可動部分が存在しないミリ波を使った通信に分があります。

ミリ波から光通信という開発のプロセスも考えられます。ただ、将来的に求められる大容量、高速ネット通信に対応するため、ギガの1,000倍のテラの光通信がよいと我々は考えています。


──── 寺岡教授、森助教が協力されていますが、どういった課題に対応されたのでしょうか。

カメラで処理する方が、光がどの方向からくるのか精密にとらえることができます。この画像処理のソフト開発が難しいところです。また、動く列車は次々とIPアドレスが変わります。このハンドオーバーの時間はパケットが欠損してしまうため、できるだけ短くハンドオーバーしたいわけです。これらの点について、寺岡先生、森助教にお世話になっています。JRの在来線を用いた実験では、約0.1秒のハンドオーバー時間(TCP/IP)を実現することができました。

カメラを使って、より正確で安定したトラッキングを実現できる(提供:春山教授)
カメラを使って、より正確で安定したトラッキングを実現できる(提供:春山教授)


──── 台湾ITRI(財団法人工業技術研究院)とも共同研究をされてこられましたね。

ITRIは、台湾最大の産業技術研究開発機構です。鉄道総研との共同研究をいったん終了して、光を使った高速通信開発をITRIと行うことになりました。

ビーコン光の信号を高速画像処理することで、毎秒8,000枚の画像を処理してビーコンの方向を正確に検出することができます。慶應・台湾ITRIとして、高速でミラーが動くアクチュエータを開発しました。以前はミラーの回転に約30ミリ秒かかっていましたが、4ミリ秒程度で完了することができるように改良中です。

装置は、既存のデバイスなどを使っていますが、装置を収納するボックスなど手作りです。CADではわかりにくいので、まずは、木の板でモックアップを作り、部品を細かく配置していきました。金属加工は、慶應理工学部にあるマニュファクチュアリングセンターで非常にリーズナブルに引き受けてもらえました。数万円程度。普通に発注すれば10倍ぐらいコストがかかるのではないでしょうか。


寺岡研究室の実験室で、装置を試作するのに使った自作の木のボードを見せてくれた春山教授
寺岡研究室の実験室で、装置を試作するのに使った自作の木のボードを見せてくれた春山教授


──── 実験に使われる装置のビーコンのライトはいくつありますか?
 
ITRIは、列車の後部車両に設置する装置で、1km先でも検出できるようにしたいということでしたので、10×10で100個つけています。東海道新幹線の東京―大阪間で計算してみると、だいたい約300m 間の基地局設置でよいので、ここまで大きくする必要はありません。3×3の9個でよくなりますので、これよりずっと小さくはなります。


実験に使うために製作した装置。100個のビーコンがついている
実験に使うために製作した装置。100個のビーコンがついている


──── 今後の予定を教えてください。

レーザービームの正確で安定したトラッキング、ハンドオーバー時間の短縮を進め、双方向のゲームもスムーズにできるようにしていけるように改良していきます。列車ではなく、茨城県の一般財団法人日本自動車研究所(JARI)で、時速100~130km/hで車を走らせて光通信の実験を行う予定にしています。

実用には、コストの問題など、技術以外にクリアにしなければならない課題がありますが、5G、6G時代を見据え、高速で走る列車内においても信頼性のあるネット環境を提供できる技術開発を続けていきたいと考えています。


文・写真/杉浦美香

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