高速鉄道列車における大容量通信実現に向けた「光空間通信」の可能性《慶応義塾大学~次世代高速列車通信システム:前編》アカデミアに聞く、産官学連携プロトタイピング事例(1)

INTERVIEW

慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科

教授 春山 真一郎

日本が世界に誇る技術・サービスは多岐にわたります。一方で、これら技術確立やサービスローンチまでにプロトタイピングが必要となり、民間企業、公的資金で運営される政府系試験研究機関、大学などの教育機関・研究機関が協創する「産官学連携」が重要な役割を果たすことは少なくありません。本連載では、アカデミア視点にて、産官学連携事例や研究開発内容をご紹介します。

高速で走っている列車の代表格、新幹線。実用化を目前に控えるリニア中央新幹線……。列車運行の高速だけではなく、高速、快適なネット環境の提供が鉄道会社に求められています。このシステムを開発している慶應義塾大学の春山教授の研究や世界の高速鉄道のネットシステム開発状況を伺いました。


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世界と日本で使われている鉄道通信システムの状況

──── 新幹線などで、流れる車窓をただ眺めるのも列車の旅の醍醐味の一つですが、忙しい現代、新幹線内のフリーWi-Fiなどを使って仕事をする光景もあたりまえになっています。ネット環境も良くなりましたが、ネットのスピードや、トンネルなどで場所によってはネットが途中で切れるなど、理想的な環境というにはまだハードルがあります。世界の鉄道の通信システムの状況を教えてください。

春山教授(以下同):
乗客が、外部と通信を行うには大きく分けると、2つあります。まずは、乗客各自が自身のスマホ端末で、直接携帯電話の基地局と通信します。この場合、列車側の設備が不要というメリットはありますが、列車の高速移動時やトンネルでは、通信性能が悪くなる可能性があります。

もう一つの方法は、乗客の端末で列車内のアクセスポイント経由で通信する方法ですが、さらに細かくいうと、列車が基地局と通信する場合と、衛星を使用する場合があります。列車が基地局と通信する場合、高速移動中でも通信が可能ですが、速度が限定された列車の通信サービスを経由しなければなりません。また、衛星の場合は、地上側の設備は不要ですが、トンネルやビルが林立している地域では、通信が止まる可能性がでてきます。

列車通信を実現している日本以外では、フランス、中国、スペイン、ドイツ、イタリア、韓国、台湾、アメリカ、フィンランドなどで実用化されています。ドイツ、イタリア、フランスなどで運行用に採用されているのがGSM-R(Global System for Mobile communications-Railway、第2世代移動通信システム(2G))です。2000年に仕様が確定して普及、3,000~4,000の基地局がありますが、通信速度は10kbps程度しかなく、スピードが遅いという欠点があります。

フランス、ベルギー、オランダ、ドイツを結ぶ高速鉄道タリス(Thalys)は、乗客用のインターネットアクセスに衛星通信を行い、通信速度も約4Mbpsあります。トンネルでは通信が遮断されてしまう問題がありますが、トンネルが少ないヨーロッパでは有効な手段でしょう。


──── 日本が新幹線などに採用しているという漏洩同軸ケーブル(Leaky Coaxial Cable、LCX)方式は、外部導体に穴(スロット)がジグザグ状についているケーブルを使い、ここから電波を漏洩させて車体に送信します。1978年東北新幹線の試験走行に始まり、JR全線区で鉄道事業用のLCXシステムが導入。1990年代、携帯電話の普及が進み、携帯電話でのネット接続のニーズが高まり、東海道新幹線のデジタル化更新時に、400MHzの電気通信事業用周波数の使用が許可され、新幹線のネット接続サービスができようになりました。LCXのメリットを教えてください。

線路沿いに漏洩同軸ケーブルが設置されており、このケーブルから漏れる電波を用いて、列車と通信を行います。このシステムは、非常に接近した状態で無線通信を行うため、回線が高品質でかつ安定しています。トンネルなどの閉鎖的な空間でも的確な回線設計が可能というメリットもあります。


──── 新幹線以外でLCX方式を用いている線路はありますか?

つくばエクスプレスは、2006年に乗客のためにWi-Fiを実用化しました。沿線に2.4GHzのWi-Fiのアンテナを設置し、列車との間で通信を行い、車両間は5GHzの電波で通信を行う方式を採用していました。ただ、高速移動中は速度性能が劣化し、数Mbpsになります。このため、現在はLCXケーブルを使ったデジタル列車無線を導入しています。


横浜市の日吉キャンパスでインタビューに答える慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 春山真一郎氏。
1957年生まれ。1981年東京大学理学部物理学科卒。米国カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了、テキサス大学オースティン校博士課程修了、Ph.D。1991年、米国ベル研究所研究員。ソニーコンピュータサイエンス研究所リサーチャ、慶應義塾大学理工学部情報工学科客員教授,訪問教授を経て、2008年から現職。光空間通信、画像処理システム等を研究している。
横浜市の日吉キャンパスでインタビューに答える慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 春山真一郎氏。
1957年生まれ。1981年東京大学理学部物理学科卒。米国カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了、テキサス大学オースティン校博士課程修了、Ph.D。1991年、米国ベル研究所研究員。ソニーコンピュータサイエンス研究所リサーチャ、慶應義塾大学理工学部情報工学科客員教授,訪問教授を経て、2008年から現職。光空間通信、画像処理システム等を研究している。



次世代向け高速列車通信として「5G(ミリ波)」か、「光通信」か

──── 5Gは、高速・大容量(下りのネット受信スピードが最大20Gbps、送信の上りで最大10Gbps)、データ送信の前に生じる遅れは1ミリ秒以下、多数端末との同時接続(1km2あたり100万個のデバイスと同時接続)という特徴があります。高解像度の映像もストレスなく楽しむことができるようになり、ビデオチャット、SNS、映画などのストリーミング、仮想現実、ビジネスの場面でも大きく可能性を広げるかと思います。5G時代の高速列車通信の研究開発状況を教えてください。

5Gには、Sub6帯の3.7GHz~4.5GHz帯と、周波数が高いミリ波(30~300GHz)に近い28GHz帯が使われます。非常に直進性が高いミリ波に近い電波が列車通信に使われた場合、高速で移動していると、乗客の個々の端末で直接基地局と通信する方法で応えられるかどうか不透明になっています。

予測するのは難しいのですが、米国のデータになりますが、モバイル端末の2008~2017年までのインターネット接続速度のデータをもとに2030年の予測を計算したところ、1ユーザーあたり平均で約100Mbpsの速度が必要になってきます。新幹線を考えると、1列車の乗客定員は1,300人。10%がネットを利用したと想定すると、13Gbps必要になります。全員が利用すると考えると130Gbpsという超高速な通信速度が必要になってきます。今の数メガペースでは到底やっていくことはできません。

欧州では、2019年からと最近ですが、5Gをベースにしたものを標準化しようという議論が始まっています。5Gの研究がそのまま列車にも使えるということです。ドイツ鉄道やノキアなどが研究しています。


──── 光通信技術はミリ波を超えることができますか?

2019年に日立国際電気、鉄道総合技術研究所、情報通信研究機構(NICT)が時速約240km/hで走る列車と地上間で、90GHz帯の電波を使って、 1.5G bps(ビット/秒)のデータ伝送の実証実験に成功しました。90GHzという、高い周波数のミリ波を使っていますが、高くなるとさらに直進性が増します。

今後、10年後以降に必要とされる速度を10Gbps、徐々にとは思いますが、さらに100Gbps以上の通信速度が求められますが、その場合、30~300GHzのミリ波の周波数では実現が難しいと予想しています。

我々は、ミリ波よりも周波数が非常に高い光を使った方が、ネット速度の高速が実現すると考えています。光ファイバー通信は、毎秒テラビット(1,000Gbps)級の通信速度を実現しており、光ファイバー通信で培われたデバイスがすでに存在します。光の方が、現実的ではないかと考えています。


光空間通信に着目、光漏洩方式、光拡散方式を経て「光スキャン方式」に

──── 先生は、光空間通信の研究でレーザースキャン方式を採用されていますが、そこにいたるまでの経緯を教えてください。

そもそも光通信の研究を行うきっかけとなったのは2004年5月、通信の専門家として、山梨県のリニア実験線に試乗した、500km/hの高速列車体験でした。LCX方式に加えて、線路の間にアンテナがあり、JR東海はミリ波を使って通信することを想定していました。しかし、私はミリ波より光空間通信の方がネットの大容量速度に対応する利点が多いと考えていましたから、鉄道総合技術研究所にそのアイデアを話したところ、面白いですね、となり一緒に研究することになりました。

最初のアイデアは光漏洩方式です。この光漏洩方式のヒントになったのが実は、既に新幹線で採用されている漏洩同軸ケーブル(LCX)でした。LCXはジグザグのスロットから電波を漏洩させていますが、私たちは、スロットからではなく一様に光が漏洩するプラスチック光ファイバーを使用しました。


漏洩プラスチック光ファイバー(提供:春山教授)
漏洩プラスチック光ファイバー(提供:春山教授)


実際に、国分寺市の鉄道総研の実験場で、線路に漏洩光ファイバーケーブルを敷設し、レーザー光を一様に漏洩させ、受信側の光素子によって連続的に通信エリアを構成させる実証実験を、列車で実施しました。ただ、通信速度は約100Mbpsでましたが、通信可能な光ファイバー長は5mと短いことから、実用性には欠けていることが判明しました。
なお、この方式はその後、春山研と村田機械株式会社との共同研究で工場などでの有軌道無人搬送台車用の通信方式の検討を行い、数10mの光ファイバー長で通信が行えることを示しました。


鉄道総研で行った実験の様子(提供:春山教授)
鉄道総研で行った実験の様子(提供:春山教授)


次に、チャレンジしたのは、光拡散方式です。送信側が、レーザーダイオードから放射されるレーザービームを凹レンズによって、水平方向(列車の進行方向)に広く拡散させ、受信側は、集光レンズによってレーザー光を受信し、列車の進行方向に対し、連続的な通信領域を確保する方法です。一つのレーザーダイオードで比較的広範囲に通信することが可能です。通信速度は約100Mbpsだったのですが、通信距離は20m。この方式も地上側に多くの基地局を設置する必要があり、コストがかかるという欠点がありました。

鉄道総研で行った光拡散方式の実験の様子(提供:春山教授)
鉄道総研で行った光拡散方式の実験の様子(提供:春山教授)


──── 現在、開発研究しているのが第3の方式である光スキャン方式になるわけですね。
 
この方式は、受信側の通信装置がビーコン光を発し、それを目標にして、送信機が列車の進行に合わせて可動式のミラーを動かし、受信機にレーザー光を当てることで通信を実現します。レーザー光は光が広がりにくい特徴から、通信距離を確保できるという利点があります。地上側の設備としても、実現が高いことからこの光スキャン方式の研究開発を進めることになりました。


──── 世界でも光空間通信を用いた超高速通信の研究開発を行っていますか。

英国のノーザンブリア大(Northumbria University)は2011年から、光空間通信のシミュレーションと模型実験を行っています。2017年、米国のニュージャージー工科大学(New Jersey Institute of Technology)も光空間通信の研究を行っていますが、これもシミュレーションのみになります。

我々は、JRの鉄道総合技術研究所との共同実験で、実際に走行している車両を使った上での実証実験を行うことができました。


《後編に続く》

文・写真/杉浦美香


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