製品開発の現場では、製品の競争力を高めるために、部品のコスト削減や軽量化が重要な課題となっており、厳しい設計条件が課せられています。このような中で、製品事故を防止し製品全体の信頼性と安全性を確保するためには、部品に生じる応力を適切に予測した強度設計が必要になります。
株式会社日立製作所 研究開発グループ 日立研究所(以下、日立)では、機械設計を効率化するために、設計計算や材料特性を検索できるツールである「e設計ハンドブック」を開発し、日立グループだけでなく一般の設計者にも提供しています。今回は、e設計ハンドブックの特徴と具体的な使用方法についてご紹介します。
3,000人の設計者に支持される機械設計効率化ツール
e設計ハンドブックは、インターネットを介して豊富な材料データベースにアクセスでき、設計計算を行うことができるツールです。機械設計やCAE*に必要な材料データの取得と、公式や有限要素法を用いた設計計算を迅速に行うことができるため、設計時間の短縮や製品の信頼性の向上に役立てることができます。
(*CAE:Computer Aided Engineering。製品開発の初期段階からコンピュータを用いた仮想試作、仮想試験を行い、できるだけ少ない回数で高品質な製品の開発を行うための設計技術。)
機械設計の初期段階では、公式などを使用した概略計算が行なわれます。詳細設計の段階で使用するCAEのソフトはいくつも市販されているのですが、概略計算に使用する公式が網羅されたツールは多くありません。
そのため、設計者は電卓を用いて手計算するか、表計算ソフトで計算機能を自作して計算を行うことが多く、また、計算条件の入力や強度の検証に必要な材料特性を探すのにも多くの時間がかかっていました。
そこで、日立では、多くの設計者が設計計算や材料特性の取得を容易に行えるツールである「e設計ハンドブック」を開発しました。このツールはWebブラウザ上で動作し、容易に扱うことができるため、日立グループの約3,000人の設計者に利用されています。
そして2003年からは、このe設計ハンドブックをより多くの設計者に利用してもらえるように、一般ユーザー向けのサービス提供を開始しました。
日立グループ内では、計算機能と材料データベースを合わせて年間5万回ほど利用されており、設計業務の効率化に役立てられています。担当者によると、梁の応力計算機能とヤング率データベースの利用が多く、構造強度の設計者に多く活用されているとのことです。
「計算機能」と「材料データベース」が連動し、スムーズな設計計算が可能
e設計ハンドブックは計算機能の「設計電卓」と、材料特性を収録した「材料データベース」で構成されています。
【設計電卓】
設計電卓には、機械工学便覧などに掲載されている公式を用いた「公式計算」、およびサーバ側の解析ソフトを使用して公式よりも複雑な計算ができる「解析ソフト連携計算」の機能があります。
それぞれの計算機能の数は以下の通りです。
項目 | 公式計算 | 解析ソフト連携計算 |
---|---|---|
応力計算 | 37 | 9 |
振動計算 | 60 | 4 |
伝熱・流体計算 | 85 | 7 |
機械要素計算 | 28 | – |
【材料データベース】
材料データベースには、設計計算に必要な材料特性が収録されています。
収録されている材料数は以下の通りです。
項目 | データベース名 | 材料数 | 主な材料特性 |
---|---|---|---|
材料強度 | ヤング率 | 136 | ヤング率 |
引張強さ、降伏応力 | 145 | 引張強さ、降伏応力 | |
高サイクル疲労強度 | 335 | 引張強さ、降伏応力、S-N曲線 | |
機械・物理的性質 | 機械・物理的性質 | 348 | 降伏応力、引張強さ、硬さ、密度、線膨張係数 |
熱・流体物性 | 熱・流体物性 | 306 | 密度、比熱、熱伝導率、粘性係数、動粘性係数、熱拡散率、プラントル数 |
部品に作用する荷重を想定し、その荷重で部品が破損しないことを確認するには、部品に使用している材料の「引張強さ」や「降伏応力」といった材料特性が必要です。また、部品に繰り返し荷重が作用する場合には、疲労強度設計を行うためのS-N曲線が必要です。材料データベースには、これらの材料特性が収録されているので、スムーズな強度評価が可能です。
高サイクル疲労強度データベースには、日本材料学会の金属材料疲労強度データベース(1996年版)のデータを収録しています。疲労強度設計を行うときに、目的の材料のS-N曲線を書籍やインターネットで探しても見つからないことがよくあります。本データベースには、300種類以上の材料のS-N曲線が収録されているので非常に役立つと言います。さらに、化学成分、熱処理、機械的性質、疲労試験条件など、材料や試験に関する詳細な情報が収録されているという利点があります。

上記の設計電卓と材料データベース(ヤング率、熱・流体物性)は連動しており、スムーズな計算が可能です。
例えば、応力計算を行うときには、入力条件としてヤング率が、伝熱・流体計算を行うときには、入力条件として比熱、熱伝導率、粘性係数などの熱・流体物性が必要です。その際、計算機能の入力画面から材料データベースを呼び出して、材料特性を入力条件として取り込むことができます。
実際の設計計算の手順~梁の応力計算
次に、e設計ハンドブックでよく利用される梁の応力計算を例に実際の使い方をご紹介します。
【公式計算】
材料力学の公式を用いて、梁に生じるたわみや応力を計算します。
まずは、荷重と支点の条件を19種類の一覧の中から選択します。

計算条件の入力画面が表示されるため、項目を入力していきます。

ヤング率の入力エリアの横にある「検索」ボタンを押すと、ヤング率データベースが表示されます。データベースで、目的の材料のヤング率を検索し、「Set Data」ボタンを押して入力画面に取り込みます。
断面二次モーメントは、梁の形状や寸法の情報を入力することで計算できます。断面二次モーメントの入力エリアの横にある「算出」ボタンを押すと断面形状一覧が表示されます。そこから該当する形状を選択すると、入力画面が表示され、そこに寸法を入力することで断面二次モーメントが算出されます。

断面形状一覧の中に目的の形状がない場合、断面形状作成機能で任意の断面形状を作成して断面二次モーメントを計算することができます。

全ての項目を入力し、「計算実行」ボタンを押すと、「たわみ」「せん断力」「曲げモーメント」の計算結果が表示されます。画面上のカーソルを移動させることで、その位置の「たわみ」「応力」が表示されます。

【解析ソフト連携計算】
もう少し複雑な条件における梁の応力計算をご紹介します。
不静定梁の曲げ計算機能を使用することで、複数の「荷重」「支点」「段付き部」がある梁の曲げ計算を行うことができます。
以下の計算モデルで入力方法を説明します。

① 梁形状の入力
梁の断面形状を前述の断面二次モーメント計算機能を用いて入力

② 材料特性の入力
材料特性を前述のヤング率データベースを用いて入力

③ 支点位置の入力

④ 集中荷重の入力

⑤ 分布荷重の入力

⑥ 計算実行
計算を実行すると約10秒で、以下のような「たわみ」「曲げモーメント」「応力」の分布が示された計算結果画面が表示されます。

サービス利用までの流れ
e設計ハンドブックには、「ユーザー単位契約」と「サイト単位契約」があり、前者は少人数での利用、後者は企業や部門単位での利用の契約形態です。
サービス利用開始までの流れは以下の通りです。

また、e設計ハンドブックは無料のお試し利用も可能です。お試し期間は2週間で、高サイクル疲労強度データベースを除く機能を利用することができます。お試し利用も、通常契約と同様に「お問い合わせ」から連絡することで申込が可能です。
設計計算工程の効率化、若手の設計者からCAE使用者まで
これまで見てきたように、e設計ハンドブックは設計計算の工程を効率化できます。本サービスについて担当者は、
「公式計算では、計算対象の形状を公式で計算可能なシンプルな形状に置き換えるモデル化が必要なため、若手の設計者にとっては難しい面があります。しかし、公式を使いこなせるようになると短い時間で大まかな値を得ることができるため、すばやく方針をたてることが可能です。
また、公式計算はCAEを行う前の予備計算や、CAEの結果の妥当性確認にも有効なのでCAEを活用している方にも利用していただきたいと思います。」
と語っています。
設計計算やCAEを効率化し、機械設計に費やす時間をより短縮したいと検討されている方は、一度相談してみてはいかがでしょうか。
- マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を応用した異種材料の密着強度予測技術〜シミュレーション技術で変わる材料研究(前編)
- 異種材料接合の最前線!樹脂、金属に留まらずセラミックスやDNAまで〜シミュレーション技術で変わる材料研究(後編)
- ビルや工場などの空気環境改善に注目!水分雰囲気下でも効率よく二酸化炭素除去が可能な酸化セリウム(CeO₂)でQOL向上と脱炭素社会をめざす
- 工業用クロムめっきの代替が期待される耐食性・耐摩耗性を両立した「多層硬質ニッケルめっき技術」とは?~持続可能なモノづくりの実現に向けて
- 自動車軽量化に向けた大きな1歩。「動的共有結合樹脂」に注目し生まれた「二次加工」可能な熱硬化性CFRP(炭素繊維強化プラスチック)
- ウェブ上で材料データベースにアクセス、設計計算もできる機械設計効率化ツール「e設計ハンドブック」