工業用クロムめっきの代替が期待される耐食性・耐摩耗性を両立した「多層硬質ニッケルめっき技術」とは?~持続可能なモノづくりの実現に向けて

INTERVIEW

株式会社日立製作所
研究開発グループ
材料イノベーションセンタ 機能性材料研究部
主任研究員 兼元 大
研究員 川村 利則

工業用クロムめっきは耐食性、耐摩耗性に優れ、さらには低コストのプロセス技術であることから幅広い分野で使用されています。しかし、めっき液に含まれる6価クロムは、廃棄後の土壌汚染や地下水汚染、健康被害の発生が報告されるなど環境や人体に有害な物質としても知られ、EUでは6価クロムの使用を制限する規制が施行されています。
日本でも循環型社会に向け、環境汚染の懸念のある6価クロムの使用は見直され、代替技術の研究が盛んに進められています。今回は、クロムめっきを代替する技術として多層硬質ニッケルめっき技術を開発した株式会社日立製作所 研究開発グループ 材料イノベーションセンタ 機能性材料研究部 主任研究員 兼元大氏と研究員 川村利則氏に開発の背景と技術の特徴、今後の活用の可能性を伺ってきました。

クロムめっきの代替技術、エレクトロニクス事業での知見を活かし開発

従来幅広い分野の製品で耐食性や耐摩耗性を高めるために使用されてきた6価クロムを含む工業用クロムめっきは、環境や人体に悪影響を及ぼす恐れがあることから、使用の低減が求められています。
EUでは、RoHS指令で電子機器への6価クロムの使用禁止(使用量制限)、REACH規制で事業者に対しEU内で使用される6価クロム、輸入する製品に使用された6価クロムの総量の管理が要求され、この規制の流れは今後も広がっていくと見込まれています。
代替技術として、3価クロムめっきやニッケル系合金の複合めっきなどの研究がすすめられ、特に3価クロムめっきには期待が寄せられていますが、皮膜特性や製造上の課題から部分的な代替に留まっています。

「3価クロムめっきでは、めっきの過程で6価クロムが副生成物として生成するリスクがあります。そこで、私たちはそのリスクを完全に排除するためにクロムを全く使用しない系にこだわりました。耐食性に優れるニッケルを選択し、めっき液とめっきプロセスからのアプローチによってクロムめっきの特性に引き上げる検討に注力してきました。」(兼元氏、川村氏)


株式会社日立製作所 研究開発グループ 材料イノベーションセンタ 機能性材料研究部 研究員 川村利則氏(左)、主任研究員 兼元大氏(右)
株式会社日立製作所 研究開発グループ 材料イノベーションセンタ 機能性材料研究部 研究員 川村利則氏(左)、主任研究員 兼元大氏(右)


株式会社日立製作所 研究開発グループ 材料イノベーションセンタ 機能性材料研究部(以下、日立)にはめっき研究の専門チームがあり、事業を支える技術を開発しています。プリント配線板や半導体などのエレクトロニクス製品において、配線形成に適用されるめっき技術は製品を支える必要不可欠な技術です。日立では、エレクトロニクス事業が特に活発に行われていた時期に、同分野をけん引すべく、めっき技術の研究に力を入れて取り組んできました。その後、社会イノベーション事業をより強化する会社方針にあわせ、めっき研究も自動車やインフラ機器などの産業機器向けにシフト、耐食性や耐摩耗性といった特性の向上、環境規制に対応するめっき技術の開発に取り組んでいると言います。
次章以降、本研究で開発された、クロムめっきに替わる耐食性、耐摩耗性を備える多層ニッケル-リン(Ni-P)めっき技術について紹介していきます。


ニッケルめっきでクロムめっきに相当する耐食性・耐摩耗性を実現

クロムめっきを代替するめっき技術を開発するためには、硬さ、耐食性、耐摩耗性など複数の特性を同時に高める必要があります。着目したのは、耐食性に優れたニッケルめっきでした。ニッケルはもともと耐食性に優れた金属です。また、めっき液の成分を工夫することにより硬さを高めることができます。しかし、ニッケルめっきはクロムめっきに比べ耐摩耗性が劣ることが課題となります。
耐摩耗性を向上させる方法として、アカデミアにおいて多層化について研究されていました。公知の研究では、コバルトや銅などの異種金属を多層化する検討がなされており、多層化することで耐摩耗性が向上する報告がありますが、クロムめっきに匹敵する特性を実現できていません。
そこで、日立では耐食性と硬さに優れたNi-Pをベースに、同一組成でありながらNi-Pを多層化することにより、耐摩耗性を向上させる技術を開発しました。

「我々のめっき膜はNi-Pのみからなる多層膜です。異種金属を多層化する場合とは異なり、同一組成のNi-P層のみを多層化するためには工夫が必要です。そこで着目したのが、めっき液の添加剤とめっきプロセスです。」(兼元氏、川村氏)

めっき膜の結晶を微細化し、かつ多層化を促進するめっき液

めっき膜の結晶を微細化することのできる、リン系化合物、硫黄系化合物などの添加剤を含むオリジナルのめっき液を開発しました。結晶を微細化することで、めっき膜に求められる硬さや耐摩耗性を強化することができます。また、ニッケルに強く吸着する添加剤も含まれており、この特性が同一組成の多層膜を形成する際に重要な役割を担います。添加剤にはREACH認可対象物質*に該当せず、比較的環境リスクの低い物質が使用されています。
(*REACH認可対象物質:REACH規制において、EU内で使用する場合、あるいは輸入する製品に使用されている場合に事業者に対し認可や届出を求める化学物質。人の健康や環境に影響を及ぼす物質とされている。)

同一組成の多層膜を形成するめっきプロセス

同一の組成で多層膜を形成するためには、層間に性質の異なる層を設ける必要があります。
そこで、めっき液に含まれる添加剤の特性と、めっき過程で特定の周期・電流値で電流のオンとオフを繰り返すという特別なめっきプロセスを活用します。
電流をオンにする過程で硬質のめっき膜が成膜され、オフの過程で成膜がストップします。オフの過程では、ニッケルに強く吸着する添加剤がニッケルめっき膜の最表面に拡散・吸着することで、添加剤含有量の異なる層ができます。再び電流をオンにすることで、その層の上にめっき膜が形成されます。これを繰り返すことで同一の組成でありながら、性質の異なる層を介したNi-Pの多層膜ができあがります。

「添加剤の濃度条件やめっきプロセス条件(電流のオンオフのタイミング)など複数のパラメータから最適な条件を見出すのに試行錯誤がありました。その他、添加剤含有量の異なる層の分析、すなわち、キャラクタリゼーションには苦労しました。その層に取り込まれる添加剤成分は非常に微量な含有量であるため、高度な分析技術が必要だったからです。それらを捉えるのに多数の分析機器・計測機器を試しました。」(兼元氏、川村氏)

多層Ni-Pめっき膜ができる様子を表す模式図
多層Ni-Pめっき膜ができる様子を表す模式図


こうして作製された多層Ni-Pめっきは、クロムめっきに匹敵する耐摩耗性、耐食性を有します。なお、硬さは日本産業規格に規定されている工業用クロムめっきの硬さの基準を満たしていると言います。

クロムめっきとの特性比較
クロムめっきとの特性比較


「耐摩耗性については、めっき膜を模擬した構造モデルを構築、そのモデルにせん断応力を与えた際の変形挙動を分子動力学シミュレーションによって計算し、膜内におけるクラックの生じ方を解析しました。これにより、実験的に得られている、多層化による耐摩耗性向上のメカニズムの原理検証を実施しました。」(兼元氏、川村氏)

コストの面では、6価クロムを使用したクロムめっきに比べコストは高くなりますが、コストダウンに向けた検討は進んでいるということです。なお、現在代替技術として広く検討されている3価クロムめっきに比べては低コストであるという試算も出ていると言います。

「現在、工業用クロムめっきを取り扱っているメーカー様全般、特に環境規制の厳しいEU圏内や最近規制が強化されつつある中国向けの製品を手掛けているメーカー様のお役に立てると思っています。EUでの環境規制は、EU圏内にとどまらず世界的な動きになっていくと想定しておりますので、国内向け製品でもクロムめっきの代替技術を求めるニーズは高まるのではないでしょうか。
我々は、クロムめっきの代替技術として、多層Ni-Pめっきをどのように導入できるかという技術的なアドバイスができると考えています。」(兼元氏、川村氏)


社会インフラ機器等への代替技術として期待される「多層Ni-Pめっき」の研究成果

多層Ni-Pめっきは、ニュースリリース(2018年3月9日)後、多くのメディアに取り上げられるなど注目を集めています。
技術面での社外発表は、表面技術や金属材料に関する学協会で4件の発表と1件の論文のほか、2020年中にも1件の学会発表が予定されていると言います。

また、社内でのインフラ機器の駆動機構を対象とした実証実験では、クロムめっきに匹敵する耐久性が示されたという実績もあるということで、今後の実用化に向けて期待が高まります。

「クロムめっきが使用されている部品のうち、社会インフラ機器・産業インフラ機器に使用されるギア、ピストン、ローラー等の機械要素部品の多くを代替できる可能性があると考えています。
本技術により、クロムめっき、そのめっき液の主原料である6価クロムの使用を今後大幅に削減できる可能性があります。REACH規制への対応を可能にすること、さらにSDGs(Sustainable Development Goals, 持続可能な開発目標)に定められる「すべての人に健康」目標の実現に貢献できると考えています。」(兼元氏、川村氏)


▽日立R&Dのオープンイノベーション活用
株式会社日立製作所 研究開発グループ

日立の研究開発は、100年を超える研究開発の歴史の中で、「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という企業理念を実践し、その時々の最先端技術開発に取り組みながら、未来につながるイノベーションを創出してきました。

現在、「制御」「デジタルテクノロジー」「エレクトロニクス」「エネルギー」「ヘルスケア」「材料」「機械」「生産」「システム」「デザイン」からなる研究領域で、お客さまへの価値を提供するソリュー ションを具現化しています。それらの中から、特に、材料技術のソリューションと、設計支援ツールのサービスを提供します。

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