株式会社日立製作所
研究開発グループ 材料イノベーションセンタ
機能性材料研究部 主管研究員
岩崎 富生氏

昨今、モビリティやエレクトロニクスの進化により、新材料開発の必要性が高まってきています。一方、従来の理論計算と実験による試行錯誤を前提とした材料研究では、研究者の経験や勘に頼らざるを得ず、膨大な時間とコストがかかっていました。近年、テクノロジーの進化とデータベースの拡充を背景に、情報科学技術を材料分野にも応用し、時間とコストを削減するマテリアルズ・インフォマティクス(以下MI)が注目されています。今回は、株式会社日立製作所 研究開発グループ 材料イノベーションセンタ 機能性材料研究部 主管研究員 岩崎富生氏にMI研究の実績と展望について伺いました。
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは
MIとは、情報科学技術を材料分野に応用し新材料開発や代替材料の探索を行う手法です。
従来の材料設計では、仕様を満たす構成を見つけ出すために、材料を変え次々と実験を繰り返していましたが、MIでは、目的とする材料特性を材料の特徴パラメータ*の関数として示し、その最大値問題を解くことで最適材料を決定します。
MIは、物質特性を系統的に蓄積した材料データベースの発展と、人工知能(AI)に代表される計算能力の向上により、膨大なデータを高速で取り扱える環境が整備されたことでより一層の進化が見込まれています。
本手法が注目を浴びるようになったきっかけは、2011年に米国のオバマ政権が打ち出した科学政策Materials Genome Initiative(MGI)。以降、世界各国でMI研究のプロジェクトが発足し、欧州をはじめアジア圏内でも中国、韓国で大型プロジェクトが開始されました。
日本においても、2015年に物質・材料研究機構(NIMS)をハブ組織として、情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(Material Research by Information Integration Initiative :MI2I)が発足し産官学が連携しMI研究を推進してきました(2020年3月末MI2I事業終了)。
また、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program:SIP)の対象課題のひとつ「統合型材料開発システムによるマテリアル革命」において、MIは重要項目として指定され、「材料立国」として国際的な競争力強化に向け、今後政府からの後押しも期待されています。
(*特徴パラメータ:目的とする材料特性に影響を与える因子。原子半径や結合エネルギーなど。記述子ともいう。)
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の適用事例と今後の課題
近年、MI研究は企業・大学・研究機関の枠を超えて盛んに行われています。
2012年、韓国のサムスン電子社は米国マサチューセッツ工科大学(MIT)と共同で、MI手法を活用してリチウムイオン電池の固体電界質材料を発見しました。本研究結果は、従来型の試行錯誤による研究を行う研究者に大きな衝撃を与え、日本においてもMIに注目が集まるきっかけとなりました。
日本国内では、2014年に京都大学と株式会社シャープが産学共同研究にて、従来のリチウムイオン電池の寿命の6倍を達成する電池材料の開発に成功しました。本研究でもMIの手法が活用され、材料開発が大幅に効率化された好例といえます。
電池材料以外では、2016年に東京工業大学の研究グループが希少元素を使わずに赤く光る新窒化物半導体の発見を発表し、MIがあらゆる材料開発の領域で活用できることを示す結果となりました。
他にも、国内外の大手素材メーカーがAIベンチャーやITベンダー、研究機関などと連携しMI研究に取り組む動きが見られるようになっています。
一方、その発展にはいくつかの課題が残されています。
1. 材料データベースの整理
機械による分析のために材料の物質特性などにつき膨大なデータが必要。
単独でのデータ取得には限界があるため、オープンなデータプラットフォームの必要性が検討されている。
NIMSでは、データを体系的にまとめるデータプラットフォームの構築が進められている。
2. 情報処理能力のさらなる向上
膨大な量のデータを解析するために、非常に大きなマシンパワーが求められる。
また、解析に使用するAI技術開発促進も必須。
3. 専門知識を持つ人材の育成
材料工学における専門知識のほかに、データサイエンティストとしての知見をもつ人材が求められる。
さらなる発展に向け課題を残しながらも、世界各国の大学や研究機関、大企業からベンチャーまでMI研究に取り組み、国家レベルで研究を後押しする動きが活発になっています。

材料界面の密着強度向上に向けたマテリアルズ・インフォマティクスの応用
株式会社日立製作所 研究開発グループ 材料イノベーションセンタ(以下、日立)でも、このMI研究が進められています。同社でMI研究の先頭に立つ岩崎氏にMI研究についてお話いただきました。
日立では、同社の開発する製品の性能や信頼性を向上させるための材料開発が日々行われていますが、開発過程において効率的な材料探索を実現するためにMI研究が行われるようになりました。
「日立におけるMIに関連する研究の始まりは1995年ころ、半導体デバイスに使用するアルミニウム配線に、断線防止のために添加する元素の探求で、当時は解析にAIや機械学習ではなく直交表という方法を導入し、原子半径と結合エネルギーが特徴パラメータであることを発見しました。この発見を活かし、アルミニウム配線には銅を、次世代の銅配線にはニッケルを添加することが有効であると見出しました。
日立では、本研究を皮切りに2002年にはセラミックス材料、2007年ごろまでには樹脂や電解質のような有機材料、そして2013年にはバイオ材料にも展開しました。この研究成果により、製品としては半導体・磁気ディスクのほか、電池やモータ用エナメル線、さらにはDNAシーケンサなどにも活用できるレベルになりました。」(岩崎氏)

日立では2008年ごろから応答曲面法というAI技術を導入、現在は大小幅広いスケールのシミュレーションに携わるメンバーによりMIの研究部隊が構成され、MI研究に従事していると言います。
本記事で紹介する日立のMI研究の特徴として、あらゆる製品の信頼性に関わる材料界面の問題に注目し、「密着強度の向上」「粒界の拡散性低下」という2つの柱での材料探索が挙げられます。
「日立のMIの特徴は材料界面の特性を最大化するような材料設計ができることです。
これは、ニュートン力学と量子力学をハイブリッドで解くシミュレーション方法を開発することにより、多原子でかつ多元素の分子シミュレーションを可能にし、MIで使用するデータを取得することができるようになったことによります。
材料界面というと少々狭い領域のことのように感じられるかもしれませんが、たくさんの界面を含む半導体等のエレクトロニクス製品向けの材料に限らず、大きな構造部材においても材料強度などの重要な特性は材料界面で決まることも多いので、あらゆる製品に活用できると考えています。
特に、信頼性における界面物性として、界面で破壊しないよう密着強度を高めることが重要であるとともに、粒界で原子が動いてしまわないように拡散性を低減することも重要になるため、今後も注力していきたいと思っています。」(岩崎氏)

世界中で注目され、今後のものづくり領域における国際的な競争力にも直結するMI技術。
日立では、材料界面の密着強度シミュレーションに注目し、これまで様々な研究成果をあげてきました。
後編では、同社の技術力や実績について、具体的なシミュレーション内容を踏まえながらご紹介していきます。
- マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を応用した異種材料の密着強度予測技術〜シミュレーション技術で変わる材料研究(前編)
- 異種材料接合の最前線!樹脂、金属に留まらずセラミックスやDNAまで〜シミュレーション技術で変わる材料研究(後編)
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