セメダイン株式会社
技術本部 開発部長
橋向 秀治氏

「どんなものでもしっかり接着でき、時間が経っても剥がれない」
ほとんどの接着剤に求められる最も重要な性能ではないでしょうか。
セメダイン株式会社は、このテーマにこれまで接着剤の常識とされてきた「剛」という物性から、「柔」という物性に発想を転換し、新たなコンセプトの弾性接着剤『スーパーX』シリーズを生み出しました。
また、様々な用途や使用環境に対応するため、多岐にわたる強度・環境耐性の評価を繰り返しながら製品ラインナップを拡充し続けています。
今回は、『スーパーX』シリーズのような革新的なコンセプトの誕生秘話や、実際に様々な用途で採用される製品が生まれた開発現場をレポートします。
茨城県古河市にある開発センターをご案内いただきながら、セメダイン株式会社 技術本部開発部長 橋向秀治氏にお話をお聞きしました。
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変成シリコン系のシーリング材から着想を得た粘着接着剤

橋向さんは、平成2年に入社した時から『スーパーX』の開発に携わっているとのことですが、『スーパーX』はどのようなきっかけで誕生したのでしょうか。
「当時、樹脂メーカーが新開発したポリマーをシーリング材として使えるか検証していました。結局、固まった後も表面がべとべとしているためシーリングとしては適さないという結論に至ったのですが、接着剤として活用したら面白いのではないかという話になりました。固まる過程で、『粘接状態』と呼ばれるべとべとした状態になるので、仮止めができる。そして、その後しっかりと固まるという『粘着接着』のコンセプトが生まれました」
「10か月後の新素材展に出展するために、短期集中で試行錯誤を繰り返し、ベストな配合を探りだすことが入社直後の私の任務でした。これが『スーパーX』シリーズ最初のスーパーX No.8008です。素材展の後、約一年間はサンプルをお客様に配布し、興味を持ってくれたお客様向けに試験をおこない、フィードバックを集めました。その次の年に本格的に発売を開始しました」
「CR系(クロロプレンゴム系)の樹脂も同様に粘着接着の特長を示します。塗布後しばらく乾かすと表面はさらっとしているが、そのまま被着材に押しつけると強くくっつくのでタイヤのパンク修理や靴底のゴムを修理するような用途ではよく使用されました。この用途を無溶剤で実現するのが当初の目標でした」
可とう性を持たせることで「剛性向上⇒応力集中」から「弾性向上⇒応力分散」へ
「一方で、変成シリコンを用いたシーリング材のように、柔らかい素材で接着剤を開発するという『弾性接着剤』の概念もありました。これまでの接着剤はより強く接着させることで、耐久性を出すことを目指していましたが、弾性接着剤は、弾性を持たせることで、時間が経っても耐久性が変化しない接着を目指したのです」

「理論計算上、接着剤は200N/mm2もの接着力を出せるといわれていますが、実際の接着強さは強度の大きいエポキシ系でも30N/mm2程度です。それは大きく分けて3つの『接着力を下げる要因』があるからです」
「接着強度を上げるためには①”ぬれ”の不足②硬化ひずみ③環境要因(被着材のひずみ・温度差など)の3要素をいかに少なくするかを考えます。②の硬化ひずみは接着剤自身が固まる際に縮もうとして生じる力で、③環境要因は被着材が温度環境の変化などにより膨張・収縮する時に生じる力です」
「弾性接着剤は可とう性を持たせることで、インシュレーターのような役割を発揮し、これらの力を吸収することができます。使用環境による影響を少なくすることで接着力を保つことができるのです」

ゴム状弾性領域-40℃~80℃という実用範囲において「安定した物性」
そもそも、なぜ弾性接着剤は、硬化後も弾性を保つことができるのでしょうか。
「そこには、接着剤の『ガラス転移点(Tg)』が大きく関わっています。上のグラフ<図3>をみるとわかるように、弾性接着剤はエポキシ系接着剤と比較して、約-40℃~80℃の温度帯でせん断弾性率の変化がなだらかになっています。この範囲はゴム状弾性領域と呼ばれ、弾力のある状態で安定している物性を示します。-40℃~80℃は様々な接着剤の使用環境に当てはまります。実用範囲においても1年を通じた気温変化下で安定した物性を示すことが弾性接着剤の最大の特長です」

様々な角度から接着強度を評価する
新コンセプトが生まれてから製品化までにはどのような道のりがあるのでしょうか。
「製品化に向けて、最も高いパフォーマンスを出す配合を導き出す必要があります。様々な配合の試作品を作り評価を繰り返します。評価方法は想定する用途や使用環境に応じて設定します。強度を図る方法だけでも、引張り試験、クリープ試験、繰返し疲労試験など多岐にわたります。」

「引張り試験では、様々な種類の引っ張る力をかけることで接着の強度を測ります。代表的なものを以下に紹介します」
①引張り接着強さ試験
接着面に垂直な引張り荷重をかける。
②引張せん断接着強さ試験
接着面に平行な引張りせん断荷重をかける。剛性被着材で用いられる。
③はく離接着強さ試験
試験片をT字型などで引きはがす。一方又は両方の被着材料が柔らかい(たわみ性)である場合に用いられる。

「測定するのは最終強度だけでなく、立ち上がりやチャートの波形、最終強度に達した後の挙動も見ます。例えば建物の外壁タイルなどは崩落したら危険なので、剥がれ始めてからもしばらく保持されている方が望ましいと考えられています」
「クリープ試験とは、高温状態で試験片に一定の荷重を長時間加え、変形量や破断するまでの時間を測定する試験です。5つの条件を同時に測定できる槽が2つあるので、荷重や温度などの条件を変えた10個の試験を同時に行うことができます。通常、高温から順に温度を下げて試験しますが、全ての条件のデータが揃うまで、長いものでは2~3年かかることもあります。新商品を開発する時には、必ずこういった試験でデータを収集しますし、お客様がご希望される条件に合わせて試験を実施することもできます」

「こちらの機械では1Hz~20Hzまでの力をかけ、繰返し疲労試験を行うことができます。温度をかけながら1Kニュートンの力で100万回まで繰り返し引っ張ることが出来ます。様々な温度で測定し、破断する温度をプロットしてカーブを描くなど、部品設計に活用されるデータを収集しています」
強度と一言でいってもさまざまな側面があるのですね。

用途に応じた環境を再現し、耐久性を評価する
<図2>でご説明いただいたように、接着剤の強度には環境要因が大きく影響するということでした。どのように評価されているのでしょうか。
「この二層式の恒温槽ではエレベーターのように温度の異なる2槽間を行き来させることで、温度変化に対する耐久性を確かめています。電化製品などは高温高湿環境(85℃/85%)の条件で検証することが多いです。もっと厳しい環境での検証を求めるような特殊な試験の場合、加圧することにより温度や湿度をさらに上げたりする場合もあります。環境試験を行う室内は一年を通して気温23℃湿度50%の条件を保ち、季節によって測定機器の誤差が生じないようにしています」

「これは凍結・融解試験機といって、今はちょうどお客様から支給していただいたタイルと板材の接着サンプルを試験しているところです。23℃の水につけてから水を抜き-20℃にして凍結させたあと、再び水につけて23℃に戻すといった試験も行っています」

「建物の外装など、屋外環境に晒される接着剤の強敵は水と紫外線です。ウェザーメーター試験機では、雨を降らせながら紫外線を当てるなどといった、環境を再現します」

「接着剤自体は塩の影響はあまりないのですが、金属の錆が進行しないかどうかを塩水噴霧試験で確認しています。」

「こちらは床暖房用の床材に用いる接着剤の試験を行っているところです。乾燥により木材が縮む応力に対して、接着剤の床材に対する拘束性や追従性を確認しています」
開発センターに実際の床暖房が再現されているとは驚きでした。用途に合わせた評価を行うためには多種多様な測定方法や条件の再現が行われていることがわかりました。

今後の展望
今後『スーパーX』に続く新しい接着剤のコンセプトはありますか?
「一般に、接着剤のせん断強度と伸び率はトレードオフの関係にあり、これまでは両立が困難でした。せん断強度と伸びを両立することで、接着剤の性能が向上し、適用の幅が広がるため、せん断強度と伸びを両立した接着剤の開発が求められています。伸び率が大きくせん断強度が小さい接着剤の例として変成シリコン系、伸び率が小さくせん断強度が大きい接着剤の例としてエポキシ系がありますが、両方の利点を合わせた接着剤の開発をめざしています」

まとめ
いかがでしたでしょうか。今回は、セメダイン株式会社が弾性接着剤という接着剤の新しい概念を生んだ軌跡と、様々な角度から「接着力」を評価し、新しい機能を付与していく現場の開発力をご紹介しました。接着剤は長年私達にとって身近な存在でしたが、過去の常識に囚われず、常に新しい概念が生まれ、製品開発が行われていることがわかりました。今後、接着剤の活躍領域を一層拡大すべく生み出される新機能の接着剤にも引き続き注目していきたいですね。
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