新開発の「超耐食」金属粉末MAT21(R)で拡がる金属3Dプリンティングの可能性

様々な分野で高機能の金属材料に対するニーズが高まっており、日々研究開発が進んでいます。ニーズを満たすためには、金属材料の耐食性や強度、加工性を並立する必要がありますが、これまでの造形手法ではそれが難しい場合も多くありました。現在は、3Dプリンティングという造形手法が確立されたことで、耐食性、強度、加工性を並立するような新たな材料開発が進んでいます。

日立金属株式会社では、真空ガスアトマイズ法を用いて超耐食Ni基合金MAT21(R)を金属粉末化、金属積層造形のプロセスを見出し、MAT21(R) 金属粉末を用いた金属積層造形に成功しました。これにより、半導体製造装置や化学プラントなど高い耐食性が要求される部材を、積層造形によるニアネットシェイプで提供可能となるとともに、部材の信頼性向上や長寿命化、製造コストの低減も期待されます。

金属3Dプリンターの期待と課題

期待:新たな用途への適用、新材料の開発への貢献

金属加工に3Dプリンターを活用することで、形状が複雑な部材の造形が可能となりました。強度や軽量化への要求が高く、かつ、形状が複雑な航空機エンジン部品、ガスタービン部品、自動車部品の製造においては、既に金属3Dプリンターの適用が進んでいます。また、金属3Dプリンターの登場により、積層造形を前提とした新しい材料の開発も行われるようになっています。金属3Dプリンターは、ステンレスやニッケル基合金、アルミニウム合金などの既存材料の加工法の幅を広げただけではなく、新材料の開発にも貢献しているのです。


課題:品質・コスト・納期の改善

一方、金属3Dプリンターには課題もあります。品質向上、コスト低減や納期短縮などの実現が求められています。


<表1>金属3Dプリンターの課題(例)

今後の課題 内容
品質向上 ・造形精度の向上
・残留熱応力によるひずみ、反りの低減
コスト低減 ・原料の金属粉体造粒の低コスト化
・装置購入費用、付帯設備費用、メンテナンス費用の低減
納期短縮 ・造形プロセスの高速化
・後処理工数(サポート材除去など)の削減

 

金属材料に求められる特性

金属材料に求められる重要な特性として、耐食性、機械強度、加工性が挙げられます。

耐食性

金属材料は、腐食のしやすさに違いがあります。腐食しにくいものを「耐食性が高い」といい、耐食性が高い金属の例としてステンレスやニッケル基耐食合金、耐食性が低い金属として鉄や鋼が挙げられます。腐食には、金属表面が均一に腐食する「均一腐食(または全面腐食)」や金属表面に局部的に腐食が生じる「局部腐食」などの腐食形態があり、局部腐食の例として孔食、すき間腐食などがあります。

機械強度

航空機エンジン、ガスタービン部品、自動車部品などに利用される金属には、引張、圧縮、曲げなどの力が加わります。「どのくらいの力に耐えられるか」を表す特性が機械強度で、機械強度は金属の種類、加工法、形状などによって変わります。

加工性

金属材料は、最終製品になるまでに切断、曲げ、圧延、研磨などの加工がされます。このときの加工のしやすさを表す特性を加工性といいます。

超耐食ニッケル基合金MAT21(R)とは?

MAT21(R)とは、日立金属株式会社の桶川工場が開発した超耐食ニッケル基合金です。クロム、モリブデン、タンタルを添加することで高い耐食性を実現しており、耐食性が重要視される半導体製造工場や化学プラントなどの分野において注目を集めています。

<図1>MAT21(R)の位置付け
<図1>MAT21(R)の位置付け

従来のMAT21(R)部品加工法の限界と積層造形の可能性

従来のMAT21(R)部品の加工法は切削加工または鋳造加工でしたが、何れの加工方法にも課題がありました。鍛圧材からの切削加工は、高特性である一方で、加工難易度が高いため納期・加工コスト面で課題があり、鋳造加工は複雑な形状が得られる一方で、合金成分の均質化が困難でした。そのため、従来のMAT21(R)は採用の機会を逃すことも多かったのです。

日立金属株式会社では、MAT21(R)積層造形を実現し、従来のMAT21(R)部品加工法の限界を打破することに成功しました。これにより、高い耐食性を維持したまま金属積層造形ならではの自由な設計や周辺部品との一体化が可能となります。また、ニアネットシェイプでの部品提供が可能となることで、半導体製造装置や化学プラント部材の信頼性向上、長寿命化、低コスト化も期待されます。


腐食試験で証明された積層MAT21(R)の優れた耐食性

金属材料には、加工性のみではなく耐食性も求められます。積層MAT21(R)の耐食性は、他材料・他加工法と比べてどの程度のものなのでしょうか?日立金属株式会社が実施した腐食試験の結果を見ていきましょう。

検証のポイント

積層MAT21(R)の耐食性が ①他材料に対して優位か、②他加工法に対して優位か、また、積層MAT21(R)の ③材料特性が与える影響があるかの計3つのポイントが挙げられます。

①他材料に対する優位性
積層MAT21(R)とステンレス鋼の耐食性を比較することで、積層MAT21(R)の耐食性が他材料に対して優位性を持つか検証しています。

②他加工法に対する優位性
MAT21(R)の耐食性を積層造形の場合と従来の鍛圧加工の場合で比較することで、積層造形の耐食性が他加工法に対して優位性を持つか検証しています。

③材料特性が与える影響
材料特性が与える影響として、積層構造であることの影響および材料品質の影響があるか否かを検証しています。積層構造であることの影響は研磨面の方向別(XY面、Z面、45°面)の耐食性の比較から、材料品質の影響は空隙率別(低空隙率、高空隙率)の耐食性の比較から検証しています。




<図2>積層体の研磨面の方向
<図2>積層体の研磨面の方向

腐食試験の概要

ここでは単純浸漬試験、孔食試験の2種類の試験概要を紹介します。単純浸漬試験では基本的な耐食性を、孔食試験では局部腐食耐性を、各評価指標に基づき評価しています。各腐食試験の評価指標と試験環境・条件は<表2>の通りです。


<表2>実施した腐食試験の評価指標と試験環境・条件

腐食試験の種類 評価指標 試験環境・条件
A.単純浸漬試験
(基本的な耐食性を評価)
外観の変化、
腐食速度
1%HCl(沸騰)、5%HCl(沸騰)、30%HF(25℃)、10%H2SO4(沸騰)の各薬品に24時間浸漬
B.孔食試験
(局部耐食性を評価)
孔食発生温度 11.5%H2SO4+1.2%HCl + 1%FeCl3 + 1%CuCl2に各温度で50時間浸漬

 

試験結果

それでは、腐食試験の結果を順番に見ていきましょう。

【試験結果A-1】単純浸漬試験(外観の変化)
この試験では、薬品浸漬前後の外観の変化から耐食性を検証しています。
<表3>は、MAT21(R)とSUS316Lの積層体および鍛圧材を5%HClに24時間浸漬した後の外観です。積層SUS316Lがほぼ溶出していたのに対し、積層MAT21(R)はわずかな腐食が見られるのみでした。また、MAT21(R)の積層体と鍛圧材の耐食性は同程度という結果になりました。


<表3>5%HCl(沸騰)24時間浸漬後の外観の変化
<表3>5%HCl(沸騰)24時間浸漬後の外観の変化

【試験結果A-2】単純浸漬試験(腐食速度)
次の試験では、薬品浸漬前後の重量変化から腐食速度を推測し、その腐食速度から耐食性を検証しています。
<図3>は、MAT21(R)の積層体および鍛圧材を 1%HCl(沸騰)、5%HCl(沸騰)の薬品に浸漬した場合の腐食速度の比較です。積層MAT21(R)の腐食速度は鍛圧材と同程度、高空隙率の腐食速度は低空隙率と同程度となり、加工法や材料特性による違いは小さいという結果が出ています。


<図3>単純浸漬試験における腐食速度の比較(1%, 5%HCl)
<図3>単純浸漬試験における腐食速度の比較(1%, 5%HCl)

【試験結果B】孔食試験
孔食試験では、薬品温度を低温から上げていき、孔食が発生する温度から耐食性を検証しています。
<表4>は孔食試験の結果です。積層MAT21(R)の臨界温度はMAT21(R) 鍛圧材と比べて5~10℃低くなっています。また、積層MAT21(R)の研磨面と比べて、積層MAT21(R)の造形まま面の臨界温度は5~10℃高くなりました。


<表4>孔食発生温度
<表4>孔食発生温度


以上の試験結果から、積層MAT21(R)が他材料・他加工法に比べて同等もしくはそれよりも高い耐食性を持つことがお分かり頂けたのではないでしょうか。積層MAT21(R)は、MAT21(R)の高い耐食性と金属3Dプリンターの造形手法を活かし、耐食性と加工性を両立した材料なのです。


今後の展望

3Dプリンターによる“ならでは材料”、“ならでは設計”

日立金属株式会社では、3Dプリンターならではの特徴を活かすことを“ならでは材料”、“ならでは設計”、“ならでは造形”と呼び、プロセス開発も含めた研究開発に取り組んでいるそうです。日本の金属3Dプリンターの普及はまだまだこれからですが、材料の研究開発における3Dプリンターの普及はとても大きな可能性を秘めています。3Dプリンター“ならでは”の特徴を活かした今後の展開がとても楽しみです。

日立金属の「グローバル技術革新センター Global Research & Innovative Technology Center」

2017年4月、日立金属株式会社はコーポレート研究所として「グローバル技術革新センター(Global Research & Innovative Technology Center:GRIT)を設立しました。GRITは、持続的成長と社会貢献に資する中長期を見据えた先端材料研究開発の推進を目的として設立・運営されています。

今回ご紹介した超耐食ニッケル基合金MAT21(R)の金属粉末化とその造形は、GRITから生まれた成果の1つです。この他にも、様々な研究開発が進められています。GRITの今後の動向から目が離せません。



▽こちらの記事もおすすめ