近年AM(付加製造:Additive Manufacturing)と呼ばれる3Dプリンターを利用し製造される金属部品のなかには、金属粉末射出成形(MIM)向けの材料が使用されるものもあります。では、AMはMIMの領域を侵食するものなのでしょうか? いえ、むしろMIMの市場が拡大するうえで共存共栄できるのです。最終回は、AMの現状とMIMとの違い、金属3Dプリンターによってお互いが共存できるモデルについてご紹介します。
▽MIM(金属粉末射出成形)入門講座シリーズ
1.金属粉体に注目したベンダ毎の金属3Dプリンター分類
ASTM(American Society for Testing and Materials)は、AM(付加製造技術:Additive Manufacturing)を7種類に分類しています。しかし、ここでは金属粉末を使うことを前提に「金属粉末の供給方式3種類」と「金属粉末を固化する方式2種類」の2つの技術軸で考えてみましょう。
金属粉末の供給方式(3種類)
・Powder Bed(パウダーベッド)
・Powder Fed(粉末溶射)
・MIM-Feedstock(粉末と樹脂を混錬したフィードストック)
金属粉末を固化する方式(2種類)
・直接レーザーあるいは電子ビームで溶融・焼結しながら積層固化させる
・積層体(グリーン体)を二次工程(脱脂・焼結)で固化させる
この組み合わせは6種類ですが、2019年4月現在で商品化されている技術は4種類です。表1にまとめます。

それでは、これらの金属3Dプリンターを本講座テーマのMIM金属粉末射出成形と比較しながら見ていきましょう。
【分類Ⅰ】パウダーベッド&レーザー・電子ビーム溶融
【使用する粉末】数十μm(MIMより粗い)
【積層する1層の厚さ】数十μm
【表面粗さ】数百μm(MIMは10μmレベル)
【固化された金属の機械的性質】溶製材に匹敵するほど優れる
【そ の 他】高真空中で電子ビーム溶融を行うArcamはTiや超合金が可能で特に優れる
【分類Ⅱ】粉末溶射&レーザー溶射
【使用する粉末】溶射用粉末で数百μmと粗い(MIMの10倍以上粗い)
【積層する1層の厚さ】数百μm
【表面粗さ】数百μm~(MIMは10μmレベル)
【固化された金属の機械的性質】溶製材に匹敵するほど優れる
【そ の 他】積層表面はたいへん粗いため、機械加工での仕上げが必要。
機械加工は積層直後に行うマシニングセンターに類似するものがある。
また、三次元に伸びる冷却流路を組み込む成形金型の開発を目的とするものもある
【分類Ⅲ】パウダーベッド&バインダージェット・脱脂焼結
【使用する粉末】MIMと同じ微細粉末(平均10μm)
【積層する1層の厚さ】数十μm
【表面粗さ】MIMより若干劣るが良好(MIMは10μmレベル)
【固化された金属の機械的性質】MIM相当
【分類Ⅳ】熱溶融積層&脱脂焼結
【使用する粉末】MIMと同じ微細粉末(平均10μm)
【積層する1層の厚さ】数十μm~数百μm
【表面粗さ】MIMより劣る(MIMは10μmレベル)
【固化された金属の機械的性質】MIM相当
2.MIMに肉薄する金属3Dプリンターを掘り下げる
前項の分類ⅢとⅣの製法はMIMの代替工法に成りえることがわかります。実際の装置を最新情報からもう少し掘り下げてみましょう。
2-1.HP Metal Jet 【分類:Ⅲ】
「HP Metal Jet」は、分類Ⅲの装置では後発です。米国のHP(Hewlett-Packard)社が、MIM業界で有名な2つの会社、MIMの元祖Parmatech社とMIM粉末メーカーGKN Powder Metallurgyをパートナーとして2018年9月に発表した装置です。新製品発表会では脱脂工程を省略できる、さらに生産性が高くMIMと同等の製造コストであり量産に使えると力説しています。その内容を下にまとめます。
《まとめ》
【方 式】パウダーベッド方式で、6つのノズルユニットからバインダーを噴射
(1つのノズルユニットには無数の穴が空いており噴射の信頼度を上げている)
【粉 末】21μm(<21μmの意味であれば平均粒径は10μm程度でMIM粉末と同等)
【バインダー量】1%(単位が重量%であればMIMの2割以下の量で大変少ない)
【価 格】数千万円~(焼結炉は別途必要)
【製造コスト】MIM品と同等コストでレーザー溶融積層品の10分の1
【機械的特性】 SUS316L材のISO-MIM規格をクリア
・引張強度 500MPa(ISO-MIM規格 450MPa)
・耐力 200MPa(ISO-MIM規格 140MPa)
・伸び 40%(ISO-MIM規格 40%)
【表面粗さ】Ra4~7(MIMの表面粗さRa2~3)
【展開事例】VW自動車のキー部品とシフトレバーの握り部分、ポンプ用小型水車
MIMの元祖Parmatech社が絡んでいるので、分類ⅣのMIMフィードストックを使う方式かと思いきや、分類Ⅲのパウダーベッド方式を採用していることが意外です。しかし、この方式であれば積層する金属粉自体を流動させる必要がないため、バインダーを最少化することができます。「バインダーを1%にしている」ことはMIMの常識からすれば驚異的に少ないのです。グリーン体(造形体)は粉体同士が点接触し、わずかなバインダーで結合された構造体で「雷おこし」のようになっているということでしょう。
このメリットは2つあります。1つは独立した脱脂工程を省略でき、いきなり焼結炉内で脱バインダーができます。2つめは、粉体同士が初めから点接触しており、さらにバインダーが限りなく少ないので収縮率を極限まで小さくできます。結果として焼結寸法精度は高くなるはずです。残念ながら寸法精度に関するデータは見つかりませんでした。今後の発表が楽しみです。
2-2.Metal X【分類:Ⅳ】
分類ⅣはMIMのフィードストック(金属粉末とバインダーを混錬した成形材料)を使って積層し脱脂・焼結する方式です。国内では、3Dプリンティングで世界を先導する山形大学が「Metal X」を2018年春に国内で初めて先行導入しています。まだ生まれたての少ない情報をまとめます。
《まとめ》
【方 式】MIMフィラメント溶融積層方式。
フィラメントはMIM粉末とバインダーを混錬して作られるため、現場で粉体を取り扱うことがない。
【材 料】MIMと同じ金属粉末を使用した巻き線のフィラメント
【製造コスト】従来の金属造形の10分の1
2-3.BASF「Ultrafuse316LX」フィラメント【分類:Ⅳ】
分類Ⅳの事例をもう1つ紹介します。こちらは金属3Dプリンターではありません、造形用の材料です。BASFから「Ultrafuse316LX」というフィラメント(巻き線)が販売されました。すごいことです。
どのようにすごいかというと、たとえば「コンピュータ業界におけるオープンOSのLinuxのようなもの」ということです。BASF社自体MIMメーカーですが、MIM屋がフィラメント材料も販売するということ。たぶん造形するための技術情報や脱脂・焼結の技術指導もセットのはずです。技術的にフリーになり、敷居が低くなるので既存の3DプリンターメーカーがこのMIMフィラメントが使えるように自社の金属3Dプリンターを改良するでしょう。また、優秀な工作機械メーカーであれば新たに金属3Dプリンターを造ることもできます。
みんなが切磋琢磨して金属3Dプリンターが市場に増えれば、相互の品質は高くなり装置自体も安価になるはずです。世の中の装置を増やし、そこで使うフィラメントを大量に販売するというビジネスモデルだと思われます。もしかすると脱脂・焼結装置や、最終的にはBASFのMIMシステム一式を販売する撒き餌戦略かもしれません。いずれにしても歓迎すべきすばらしい製品です。
《まとめ》
【材 質】SUS316L
【機械的特性】・収縮率 XY方向 16.5% Z方向 20.5%
・引張強度 XY方向 498MPa Z方向 414MPa(ISO-MIM規格 450MPa)
・伸び XY方向 43% Z方向 19%(ISO-MIM規格 40%)
データを観ておもしろいのは積層方向で収縮率、機械的性質が異なることです。Z方向の収縮率がXY方向より大きいので、かなりバインダーが多いことがわかります。折れやすいMIMフィードストック材を巻き線フィラメントとして供給するにはバインダー量は「多めにする」必要があるのではないでしょうか。さらに構成する高分子樹脂を「軟質化させる」必要もあると推測されます。残念ながらこの二つの手段はMIM焼結精度には裏目に働きます。しかし、総合メリットは遥かに大きく、まだ生まれたばかりの商品で材種もSUS316Lだけです。今後の材種の多様化、品質の改良開発が期待されます。
3.MIMとAMの共存共栄の時代が来た
前項のMIM粉末を使った金属3Dプリンターだけでは金属部品は作れません。加えて脱脂装置と焼結装置が必要です。したがってフルセットの設備を揃えるためには1億円弱の投資が必要になり手軽に導入できるものではありません。しかし、現行のMIMメーカーであればどうでしょうか。すでに脱脂装置、焼結炉はもっています。したがって金属3Dプリンターだけの投資で済みます。さらにMIMメーカーには、脱脂と焼結の技術ノウハウが豊富にあります。そうです。MIMメーカーこそ、一番導入しやすいAMユーザーということです。
さらに、MIMメーカーの潜在的に抱えている2つの問題を、この金属3Dプリンターを導入することで簡単に解消できます。その問題とは「金型が必要なため試作品の納期が掛かること」と「試作費用が高いこと」です。以下の図のようなビジネスモデルが考えられます。

名付けて「AMからようこそMIMへ」です。MIMの試作金型は安くても数十万円は掛かりますし、金型製作には早くても1週間は掛かります。一方AMであれば試作品は数万円で提供できます。開発費に余裕がない開発設計者でも試してみたくなります。提案営業としてサンプル価格で提供してもらってもよいでしょう。とりあえず試すことが重要です。味見をする感覚です。同時にMIMそのものを知ることができます。
試作の結果が良好であり量産目標価格が合致すれば量産へ移行する運びになります。設計から製造にいたるさまざまな業務を同時並行的に処理するコンカレントエンジニアリング、垂直立上に貢献できます。初期不良は減少し、開発納期が1か月は短縮できるでしょう。量産と同じMIM粉末材料で試作品を造るのですから試作評価が合格すれば、すぐに量産MIMへ展開することができます。
このモデルのメリットをまとめます。
・ 試作金型が不要なので、低価格でMIMの試作ができる。
・ MIM初心者でも敷居が低い。「とりあえず試作」へ。
・ 仕様が未確立でも試作を試すことができる。試しながら仕様を固められる。
・ MIM粉末製積層試作品を確認してからMIMの量産金型を作るのでリスクを最小化できる。
・ MIMユーザーが増えるので、MIMの市場が大きくなる。
・ MIMの市場が増えればMIMの品質も上がり価格も低くなる。
さらに発展して10年後にはこんなビジネスモデルが出現するかもしれません。
・ ユーザー自身が金属積層した成形体(グリーン体)をMIMメーカーに送り、MIMメーカーが焼結品にして送り返すビジネス。ユーザーは高価な脱脂・焼結炉を揃える必要がありません。
・ ユーザー自身が設計した3Dデータだけで発注し、MIMメーカーは、2日後に焼結体を送り返すビジネス。
どちらも開発試作がうまくいったら量産はMIM素材で行い、市場を拡大したいものです。
まとめ
AM技術は、MIMのライバルではなく、共存共栄できる相棒です。「AMからようこそMIMへ」の時代がやってきたのです。
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著者:八賀祥司(はちが しょうじ)
技術士(機械:MIM金属粉末射出成形)、某MIMメーカーで20年間、材料開発から工程設計、金型仕様設計、生産準備から出荷まで行う。現在は現場を離れ、MIMの普及のため精力的に活動している。