人と植物の関わりをアップデートする~セルロースナノファイバーのエレクトロニクスへの応用

人にとって、植物のない生活は考えられません。野菜、果物、穀物などの食料にはじまり、建物の多くの部分は木でできており、また衣類の中にも、綿や麻など植物由来のものが多いのです。その植物の体を構成する主要な成分が「セルロース」です。近年、この植物がもつセルロースから新たな素材セルロースナノファイバー(CNF)を生み出し、活用する試みが拡がっています。この記事では、エレクトロニクス産業に向けて、プリンテッド・エレクトロニクス(PE)の適用を進めるCNFの技術動向についてご紹介します。


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身近な植物が秘めた無尽蔵な可能性~セルロースナノファイバー(CNF)

かつては、一本の繊維だと思われていたセルロース繊維(パルプ繊維:一般の紙はこの状態のパルプ繊維から構成されている)は、実はさらに細い無数の繊維で構成されていることが近年わかってきました。セルロース繊維を解きほぐしてできた直径4〜15 nm程度の微細な繊維が、セルロースナノファイバー(CNF)です。この繊維は植物の光合成によって大気中の CO2 と太陽光エネルギー、そして水から作られ、地球上に蓄積されている量は 1兆トンを超えると見込まれています。

研究が進むにつれ、CNFは鋼鉄の1/5の軽さで5倍以上の強度をもち、かつ柔軟で曲げることもできることがわかってきました。加えて250m2/g以上という大きな比表面積をもつため匂い吸着効果をもち、さらに熱膨張率がガラスの1/50程度に小さいという魅力的な物性があります。(大阪大学能木研究室による研究成果: CNFをペーパー状にしたものの物性値~弾性率13GPa・引張り強度223MPa・熱膨張率5-10ppm/K(*1))

このような特性をうまく活用することができれば、自動車や飛行機の機体を高強度なまま飛躍的に軽量化することができます。また、CNFは非常に細く・比表面積が大きく変形性にも富むため、繊維同士の隙間を非常に小さくすることもできます<写真1>左上。その結果、光を乱反射しない、つまり高い透明性を示す素材を作ることもできるのです<写真1>左下。

<写真1>紙とCNFの比較。紙は繊維同士の隙間で光を乱反射するため白く見えるが、CNFは光を反射しないため透明となる。(大阪大学能木研究室提供)
<写真1>紙とCNFの比較。紙は繊維同士の隙間で光を乱反射するため白く見えるが、CNFは光を反射しないため透明となる。(大阪大学能木研究室提供)

日本の研究者らが切り開いたセルロースナノファイバーの未来

CNFの産業利用の鍵となるのは、木などの素材からCNFを取り出すプロセスです。代表的なアプローチを下記に示します。また、それぞれの手法により得られるCNFは繊維の解繊具合などが異なり、繊維幅などが変化し、性質・性能も変わることもわかっています。なお、これらの手法の確立は日本の研究者主導で行われたものも多くあります。<表1>

<表1>セルロースナノファイバー(CNF)の製造プロセス

物理的な手法 ボールミルや高圧ホモジナイザー、砥石などの使用により物理的に解繊する手法が代表的。

湿潤させて後に機械的な処理を行うなど、下処理も含めた手法も開発されている。
(下記の化学的な手法においても物理的な手法抜きCNFを作成できるわけではない。)

化学的な手法 TEMPO(2,2,6,6- テトラメチルピペリジン -1- オ キシラジカル)という触媒を用いた酸化反応によりミクロフィブリル表面をイオン化し、静電反発によって分散させる。化学処理による電気二重層斥力の付与により、解繊に必要な物理的エネルギーを減らすことができる。

東京大学の磯貝明教授らのグループの開発した手法。
(なお、この処理により生み出されるCNFの性質が変化するという解繊前処理の重要性を世界で初めて報告した点も、磯貝教授らのグループ重要な業績である。)

 

また、京都大学の矢野浩之教授らのグループでは、CNFを含有する高強度樹脂の作製手法として「パルプ直接混練法」を開発しています。これは疎水変性した製紙原料パルプをナノ解繊すると同時に樹脂との複合化を行う手法で、解繊することによるCNF作製と、この材料で補強した樹脂複合材料を高効率で連続的に製造することができます。この手法は「京都プロセス」として知られており、軽量で高強度な素材を大量に生み出すための一つのブレイクスルーであるといわれています(*2)。

エレクトロニクス産業からのラブコール

素材としてのCNFは様々な業界から注目されています。その一つの応用先がエレクトロニクスです。例えば、医療の現場でヘルスケアデータを常にモニタリングすることができれば、異変時に素早く処置し、命を救えるかもしれません。また、センサー以外にもフレキシブルなディスプレイやタッチパネルを搭載したデバイスがあれば、折りたたんだり巻きとったりして大画面のデバイスも持ち歩くことができるでしょう。

<新しいエレクトロニクス製品に求められること>
・大量に生産できること
・安価であること
・フレキシブル性があること(パイプなどの曲面や人体への追従など)
・低環境負荷( 製造時、使用時、廃棄の段階でそれぞれ求められる)

早く・安く・エコな製造プロセス:プリンテッド・エレクトロニクス(PE)

このような要請にこたえることのできる製造手法として注目されているのが プリンテッド・エレクトロニクス(PE)です。従来の製造プロセスではプロセス数も多く、エッチングなど有害な廃棄物を出してしまうという問題があります。一方、PEは名前の通り印刷を技術基盤とした新しい製造方法で、文書を紙にプリンターで印刷するように、基板に回路やセンサー素子を印刷してエレクトロニクス製品を早く・安く・エコに生産する技術です<図1>。

<図1>従来工程とプリンテッド・エレクトロニクス(PE)の製造工程の比較
<図1>従来工程とプリンテッド・エレクトロニクス(PE)の製造工程の比較

<表2>に示すように、機能性のインク、その印刷技術、紙にあたる「基材」、封止剤などいくつかのキーテクノロジーの組み合わせによって成り立つもので、CNFはその基板として活用できると期待されています。

<表2>プリンテッド・エレクトロニクス(PE)のキーテクノロジー

分類 内容
インク ・配線を作るための導電性のインク(銀ナノ粒子インクや銅ナノ粒子インクなど)
・有機半導体など機能性素子部分を作るインク
塗布・印刷技術 ・インクジェット
・グラビアオフセット
・スクリーン印刷
インク乾燥技術 ・熱風乾燥
・IR(遠赤外線乾燥)
・フラッシュ光による瞬間的な焼成
・化学反応を利用した焼結反応
基板 ・各種プラスチック
・紙
・ガラス
・新規素材(CNFなども含む)用途によって耐熱性や機械強度、透明性などの性質が求められる
基板洗浄、表面改質 ・水や洗浄剤による洗浄
・超音波洗浄
・プラズマ改質
・密着層の塗布
封止剤 ・配線や有機半導体を擦過や酸化などから保護する

 

<図2>セルロースナノファイバー プリンテッド・エレクトロニクス(CNFPE)(大阪大学能木研究室提供)
<図2>セルロースナノファイバー プリンテッド・エレクトロニクス(CNFPE)(大阪大学能木研究室提供)

プリンテッド・エレクトロニクスへのセルロースナノファイバーの応用

今回は<図2>に示したエレクトロニクスの中でもタッチパネルや太陽電池などに使われる透明導電膜*3用の基板としてのCNF利用を説明します。

細すぎてほとんど光の吸収や反射が生じない銀ナノワイヤをネットワーク化して、光も透過させながら、導電性も持たせる透明導電膜を形成する手法があります。インジウムなどのレアメタルを使用しないことや柔軟性もあることから、次世代のディスプレイやタッチパネル、太陽電池用の透明導電膜として期待されています。

基板上に銀ナノ粒子を用いて微細な導電性のパターン作製する場合、技術の進歩により銀ナノ粒子インクの焼成プロセス温度は150℃程度まで低下してきました。したがって150℃で加熱しても高透明性を保持するフレキシブルな透明基板が必要とされています。しかし、多くのプラスチックは150℃以上で加熱すると変形・変色します。そのため、製造時のはんだ付けなどの実装プロセスやインク焼成プロセスを高温にできない場合が多くあります。また、ガラスは加熱による変形・変色は少ないがフレキシブル性に欠けます。

ここで注目されているのが本記事で取り上げているCNFです。そもそも、通常の紙も非常に耐熱性が高い素材です。紙の主成分であるセルロースのガラス転移温度・熱分解開始温度は300℃付近であり、CNFは200℃程度で加熱しても黄変や変形が発生しません。また、CNFで作製したフィルムの全光線透過率は約90%以上、光の散乱を示し、どれくらい曇らずに見えるかの指標になるヘイズ値は1%以下を示し、加熱プロセスを経ても変化しません。これはプラスチックフィルムではなかなか達成できない値であり、フレキシブルでありながらガラスに匹敵する光学性能を示しています。なお、表面の平滑性や組成、内部構造などにも左右されますが、一般的なガラスのヘイズ値は0%、PETフィルムのヘイズ値4%は程度であることが知られています。

このような性質からCNFはプリンテッド・エレクトロニクスにおけるフレキシブルな透明基板の有力候補だといわれています。

透明な紙の向こうに見える、SFのような未来

2008年にCNFによる世界初の「透明な紙」の作成に成功した大阪大学産業技術研究所にある能木のグループでは、CNFの新しい応用を推し進めています。
例えば、「CNFの作製プロセス」と「銀ナノワイヤやカーボンナノチューブを使った透明導電膜形成プロセス」を融合することにより、高密着・高透過率・高導電率の透明導電膜の開発に成功しました。これらは折りたたんだり、曲げたりする太陽電池やタッチパネルなどの要素技術として注目されています(*3)。

また、セルロースナノペーパーを絶縁材料として、記憶する紙(不揮発性メモリ)の開発にも世界で初めて成功しました。この「記憶する紙」は,6桁のオンオフ抵抗比・小さなスイッチング電圧分布を示すなど非常に安定した不揮発性メモリ特性を有しています。さらに、直径1mmの細い棒へ巻き付けても、高いメモリ特性を保持することができます(*4)。
情報を「記憶する紙」へ記録し、折り畳んでポケットに入れて持ち運ぶことができる日も近いかもしれません。

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