最先端の研究・開発を支える“超微量ガスセンシング”の世界

スマートフォンやパソコン、IoTデバイス、医療用をはじめとした高感度なセンサなど、私たちの身近には、エレクトロニクス技術を活用した製品が溢れています。これらは半導体製造技術やそれを源流とする機械要素部品、センサ、アクチュエータ、電子回路を基板上に微細加工技術によって集積化した「微小な電気機械システム」(MEMS:Micro Electro Mechanical Systems)と呼ばれる技術、スパッタリングや分子線エピタキシー法(MBE:Molecular Beam Epitaxy)などの材料技術、それを実現させる高真空装置によって成り立っています。

この記事では、製造プロセス技術の発展や製造現場でのクオリティコントロールにも欠かせない、高感度なガスセンシングの技術や製造業以外も含めた超微量センシングが拓く未来についてご紹介します。


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半導体製造はクリーンな環境から

半導体デバイスは、ウェーハと呼ばれる高純度の単結晶シリコン基板上に、原料となるガスを反応させた上で薄い膜として堆積させ、それに微細加工を施すことによって作られます。そのためには99.999999999%ほどの高純度なシリコンの単結晶の作製であったり、膜となるガスをコントロールして超微量加えたり(ドーピング)、微細配線作製のためのエッチングをしたり、作業空間への異物を極限まで排除したりと、高度な技術が求められます。

これらを実現するためには、高度な洗浄技術やクリーンルーム製造運営の技術、超高真空技術などが必要であり、いずれも日本が世界に存在感を示している技術です。例えば、2018年9月にベルギーで開催された半導体表面洗浄および超クリーン化プロセス技術に関する国際会議「14th International Symposium on Ultra Clean Processing of Semiconductor Surfaces (UCPSS2018)」では、基調講演を含め54件の講演・発表のうち10件が日本の大学・企業(静岡大学や東京エレクトロン、ソニー、東芝メモリなど)によってなされているほどです。

クリーン度を測定するガスセンサデバイス

半導体デバイスの製造において上記のような精密な作業を行う上で欠かすことができないのが、空間中にどのような気体分子が存在しているのかを把握する「ガスセンシング技術」です。一般的なガスセンシング技術は<表1>に示すように多くの方式が知られていますが、測定するガスの種類や濃度範囲によって使用できるものが限られます。

また、多点での測定が必要であるために低コストやメンテナンスフリーの特性が必須であったり、外部環境による影響で使えない場合(例:赤外線式のセンサは埃などの不純物が多い状況では使えないなど)もあるため、導入に知見が必要な場合が多くあります。

<表1>ガスセンサの諸方式

方式 原理 特徴
半導体式 金属酸化物半導体が検知対象ガスと接触したときに生じる抵抗値の変化を、ガス濃度として検知する ・ppb低濃度域でも濃度変化の検知が可能
・長期安定性に優れる
・センサ部を100℃以上の高温にすることが必要
赤外線吸収スペクトル式 試料ガスに赤外線を放射した際に、どの波長がどれくらい吸収されたかを測定する。各ガスには固有の赤外線吸収スペクトルがあるため、そのデータをガス濃度に変化することができる(ランベルト・ベールの法則) ・ガス選択性が高い
・高濃度、長時間暴露でも感度が変動しない
・埃などの異物による感度の低下が発生
電気化学式 ガスの電極反応を電気信号に変換し、その電流量を換算することでガス濃度を検知する ・信頼性が高く、人の命に係わるような用途で使用される場合が多い。
・高感度で且つ早い応答性、回復性を示す
・温湿度の影響を受けにくい
固体電解質検出式 一方の電極が接触しているガス濃度に依存して、もう片方の電極との間に発生するイオンの偏在に起因する起電力を換算することでガス濃度を検知する ・使用圧力・温度範囲が広い
・ガス選択性が高い
・安価
接触燃焼式 素子とガスの接触燃焼による温度上昇を、電気抵抗値の変化として、ガス濃度を検知する ・環境温度、湿度の影響をほとんど受けない
・爆発下限界濃度までの出力がほぼ直線

 

なお、上記の中でも半導体式センサは特に活発に研究がなされており、MEMS技術の活用*1やカーボンナノチューブ(p型半導体)と酸化物半導体(n型半導体)を接合したものをNO2検知に応用するなどの試み*2もなされています。また、注目度の高い素材であるグラフェンもシリコントランジスターのゲート部分をグラフェンで置き換えた構造による新しい原理のガスセンサなど応用研究が進められています*3。

非常にやっかいな水の混入

上述した通り、半導体の製造においては不純物の存在は極端に嫌われますが、その中でも「水」は下記に示す通り扱いが難しく、高度にコントロールする必要があります。

● 大気中に大量に存在しており、製造工程に侵入する可能性が極めて高い
● 極性分子であるため金属表面に吸着しやすく結晶成長時に欠陥が発生し、不良を誘発する場合がある
(例:窒化ガリウム系発光ダイオードは、材料ガスの濃度1 ppm以下の微量水分で発光効率が著しく低下する)


このため、微小水分のセンシングに関してはいくつもの取り組みがなされています。代表的なものを<表2>に示します。

<表2>微量水分計測装置の種類

方式 原理 特徴
鏡面冷却式露点計 鏡面上に測定気体を流し、鏡面を冷却しながら観察する。鏡面に結霜が発生した際の温度を読み取ることで測定気体の霜点を検知(=水分量の検知)する。 ・高い信頼性と実績をもつ(湿度の国家標準の国際比較で仲介装置としても採用)
・平衡状態に達するまでに時間がかかり応答性が悪くなりがち
・塩化水素のように水との相互作用で露点が変化する気体では測定に高度なノウハウが必要(水とともに存在しているガス種によるセンサの使用制限もある)
光学式測定器 近赤外光の特定の波長帯における水分透過時の減衰する波長と、水の影響が無い波長の2つの波長における信号差を利用し、水分量を検知する。 ・高精度かつ微量な水分量まで測定可能
・高額でサイズも大きくなりがちで、ライン導入しにくい
静電容量方式湿度計 高分子膜の両面に、微小なコンデンサを作製。水分の存在によるコンデンサの電気容量(静電容量)変化を読み取ることで水分量を検知する。 ・応答速度が早い
・比較的高温度での使用が可能

 

小型、高速、高感度な新センサ:ボールSAWセンサ

大きなニーズがあるため、上記の原理のセンサも様々な改良が行われていますが、全く新しい原理のセンサも登場しています。その一つが東北大学が開発した「ボールSAWセンサ」です。ボールSAWセンサは直径わずか3 mmの単結晶水晶にすだれ状の電極と感応膜と呼ばれる有機物の薄膜を塗布したシンプルな構造をしています。

表面弾性波(SAW:Surface Acoustic Wave)とは物体表面に集中して伝播する振動(波)を指します。一般的にはSAWは伝わるにつれて広がり減衰していく性質を示します。しかし、非常に高精度な球の表面のSAWでは広がらずに同じ幅を保ったまま伝搬する性質を示すことが発見されました。この性質を応用したのがボールSAWセンサです。

圧電体とは圧力を加えると電圧を発生し、電圧を加えると伸び縮みする材料のことです。この圧電体に交流電圧を加えることにより、定期的に変化する電圧を駆動力として、SAWを発生させることができます。
ボールSAWセンサでは、球の直径と波長の幾何平均の幅のSAWを励振するように調整した電圧を印加します。そうするとSAWは回折することなく、球の大円(地球で言うところの赤道に該当する)上を、多重周回することになります(コリメートビーム)。このSAWの伝搬経路上に感応膜を設置すると、ガスの存在やその量の変化によりSAWの速度や信号強度に変化が起こきます。
非常にわずかな変化でも周回数と共に差を拡大させることで、精密に変化を測定できるようになります。これがボールSAWセンサの原理です<図1>。周回することにより、微小な変化をロスなく増幅できるとともに、SAWの速度は空気中の音速をはるかに上回るため、高速での応答も可能です。


<図1>ボールSAWセンサ原理(ボールウェーブ株式会社提供)
<図1>ボールSAWセンサ原理(ボールウェーブ株式会社提供)

ボールSAWセンサを用いることで、窒素、酸素、水素、アルゴン、ヘリウムなどの4 ppb程の微小水分濃度の計測が可能となっています。この性能は、現在主流である海外製の鏡面露点計や静電容量方湿度計では測定できないものです。また、その領域の微量水分を測定可能な光学式測定器は、高額でサイズも大きく、ライン導入しにくい上に水分量を感知するのに数日を有しています。ボールSAWセンサはこの現状を打破するものとして期待されています。加えて、ボールSAWセンサは感応膜の種類を変えることで、様々なガスの分析を行うことが可能になるガスセンサ領域でのプラットフォームでもあります<図2>。その活用についての研究も急ピッチで進められています。

<図2>ガスセンシング領域プラットフォーム(ボールウェーブ株式会社提供)
<図2>ガスセンシング領域プラットフォーム(ボールウェーブ株式会社提供)

この特性を活用することで、水分の検知にとどまらず、様々なガスを識別し、測定することが可能な超小型な「ガスクロマトグラフ」の開発が期待されています。このようなセンシングデバイスが実用化され、ドローンや各種ロボット、IoTデバイスなどに組み込まれることにより下のような未来を開けると予測されます。

● 公共施設などでの危険ガスの迅速な感知や、避難勧告や中和などの実施
● 自然環境中のガス濃度変化感知による噴火予知
● 医療現場での病気の診断:微量な匂い成分からの各種疾病の診断
● 宇宙などでの水などの探査
● 工場などでの微量な成分の検知を元にしたクオリティコントロール
● 生鮮食品を始めとした食品の管理

まとめ

微量なガスのセンシング技術のニーズは強くあり、様々な技術が確立されつつあります。今後はこれらの技術の社会実装が進むことで、高性能な製品が歩留まり良く作られたり、研究開発の高速化が進むことなどが期待されます。


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参考文献
*1:【九州大学】直径0.1 mmの小型ガスセンサを用いて100億分の1の有害ガスの検出に成功 ~超高感度なマイクロガスセンサの実現に期待~
*2:【立命館大学】カーボンナノチューブガスセンサ-半導体酸化物との複合効果-
*3:【富士通研究所】世界初、グラフェンを利用した新原理ガスセンサを開発
二酸化窒素を従来比10倍以上高い感度で検出、リアルタイム環境測定などに適用可能

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