アルミニウムの水素脆化メカニズムを解明し、水素脆化防止技術でアルミニウム活用範囲の拡大をめざす

INTERVIEW

九州大学 大学院工学研究院
機械工学部門
主幹教授 戸田 裕之

アルミニウムの「水素脆化」は、アルミニウム合金内に存在する水素が金属の強度を低下させる現象ですが、そのメカニズムは長い間分かっていませんでした。このアルミニウムの水素脆化や応力腐食割れといった技術的課題が、アルミニウムの活用範囲の制限となっていたのです。

この未解決課題に対し、九州大学大学院は岩手大学、京都大学、高輝度光科学研究センターと共同でアルミニウムの水素脆化メカニズムの解明を進め、ナノサイズの添加元素を入れることで水素脆化を防止できることを発見しました。今回は、九州大学大学院工学研究院の戸田裕之(とだ・ひろゆき)教授にアルミニウムの水素脆化メカニズムや防止技術についてお話を伺いました。

アルミニウムの水素脆化メカニズムは、応力などの負荷によって析出物界面に貯まった水素がアルミニウム合金の剥離を生じさせるもの

──── アルミニウムは身近な素材ですが、強度についてイノベーションは起きてこなかったということでしょうか。

戸田氏(以下同):
鉄は技術革新が進み、明石海峡大橋では2GPa(ギガパスカル)くらい、高級自動車のラジアルタイヤに使われているスチールコードでは4GPaくらいの高強度になっています。一方、ゼロ戦の時代のアルミニウム合金の強度は500〜540MPa(メガパスカル)で、現在、新幹線や航空機に使われているアルミニウム合金もほぼ同じくらいの強度です。つまり、半世紀以上、アルミニウムはほとんど強度を上げられませんでした。


──── なぜ、アルミニウムの強度を上げられなかったのでしょうか。

ゼロ戦に使われていたのはアルミニウムと亜鉛、マグネシウム、銅などの合金で、とても強度の高い材料を作ることができました。亜鉛などの合金元素添加により、アルミニウムの強度が向上します。この手法はアルミニウムの強度を向上させるために多用されていますが、さらに強度を高めようとして、さらに多くの合金元素を入れると逆に非常にもろくなってしまうのです。そして、この原因には水素が影響すると考えられています。


──── なぜ、水素が影響するとアルミニウムがもろくなってしまうのですか。

なぜ水素があるともろくなるのか、そのメカニズムまでは長くわかりませんでした。水素は目に見えませんから、電子顕微鏡でも水素原子を十分に観察することはできませんし、材料中のどこに水素があるのかは現在でも直接観察することはできません。水素を原因としたアルミニウムの脆化についていろいろな仮説が出ていました。例えば、金属の結晶格子の欠陥に水素が貯まるのではないかなどです。

九州大学らの研究グループが大型放射光施設Spring-8にてアルミニウム合金の分析を行う様子
九州大学らの研究グループが大型放射光施設Spring-8にてアルミニウム合金の分析を行う様子


──── 先生方はその原因について解明したというわけですね。

そうです。我々は、ナノメートルサイズの粒子が分散している析出物という構造の界面のところに水素が貯まることを発見しました。これまで析出物の界面に水素は存在しないと考えられていましたが、我々は析出物の界面に水素が貯まること、そしてそれによってアルミニウムの脆化現象が起きることを世界で初めて明らかにしました。また、水素が貯まることだけで半自発的に剥がれてしまうこともわかりました。


──── 水素が貯まると勝手に剥がれてしまうということでしょうか。

もちろん、ある程度の応力が加われば、そこに歪みが生じ、水素が集まってきた結果、剥がれると考えられますが、剥がれている状態のほうがエネルギー的に安定ということがわかってきたのです。


──── なぜ、水素が界面に貯まってしまうのですか。

一軸で引っ張った際、材料によってなぜか三軸で引っ張られる場所が局部的に生じます。これを静水圧応力と言いますが、引っ張られて結晶格子に隙間が空くと、水素原子が入りやすくなり、そこに集まってくるのです。水素は材料の中に分散して入っていますが、放っておいて自発的に壊れるほどの濃度ではありません。負荷をかけて水素が特定の部分に集まってくると、そこの濃度が高まって剥離が生じるような条件が満たされるのです。


静水圧応力により局所的に亀裂が入る様子(提供:戸田裕之氏)
静水圧応力により局所的に亀裂が入る様子(提供:戸田裕之氏)


静水圧応力により生じた亀裂に水素が集まってくる様子(提供:戸田裕之氏)
静水圧応力により生じた亀裂に水素が集まってくる様子(提供:戸田裕之氏)


アルミニウムの水素脆化を防ぐにはアルミニウム合金中により水素をひきつけやすい添加元素を入れば良いが、金属の強度や延性を高めるため添加元素の組み合わせが重要

──── では、どうすればアルミニウムの水素脆化を防ぐことができるのでしょうか。

我々は、水素脆化をもたらすナノ粒子よりも強く水素を引き付けやすい領域、例えばアルミニウム、鉄、銅から成るミクロ粒子をアルミニウム中に作り、ナノ粒子に水素が行かないようにすればいいのでは、と考えました。つまり、鉄などのごくありふれた物質を特定の化合物にして入れ、水素を引きつければ水素脆化を防ぎ、アルミニウムの強度を上げることができたのです。実際に破壊させてみるとよくわかるのですが、通常は途中で亀裂が発生して変形が打ち切られてしまい、延性のない材料になってしまいますが、うまく添加元素を組み合わせることによって破壊強度が維持されて保たれることがわかりました。


──── アルミニウムに銅と鉄を入れればいいのでしょうか。

すでにアルミニウム、鉄、銅の組み合わせは実証しています。他の化合物として、もっといい組み合わせがないか、研究を継続しています。今後、これによりさらに高強度なアルミニウムにもっていけるかもしれません。


──── アルミニウムの水素脆化をどのようにして検証し、実用化へ進めているのですか。

ナノ粒子(析出物)という物質がありますが、ナノメートルサイズの粒子がたくさん分散している状態の物質です。ナノスケールとマイクロスケールの間をカバーする領域、我々はメゾ(中間)スケールレベルと言っていますが、そうした領域をトモグラフィー(Tomography:断層撮影法)という手法を用いて検証しています。アルミニウム、鉄、銅の組み合わせは特許(参考情報)も取得していますが、研究の進捗によってより水素を強く引きつける析出物がわかってきており、それぞれについても順次、特許申請を進めているところです。


──── 観察する物質のサイズが重要ということでしょうか。

現在、ナノサイズやマクロサイズの観察技術は確立し、世界中で研究されていますが、実はその中間のメゾレベルのサイズは空間分解能的な技術で難しいのです。しかし、その中間の部分に、材料の特性を支配する鍵になるような構造がある場合もあるのです。必要なのは実際に起きる現象をどのサイズで観察し、どのような振る舞いがマクロにどのように影響するのかを確実に観察するということです。


ナノスケールとマイクロスケールの中間「メゾスケール」の計測(提供:戸田裕之氏)
ナノスケールとマイクロスケールの中間「メゾスケール」の計測(提供:戸田裕之氏)


──── 今回、取材でお邪魔しているのがSpring-8という施設です。こちらでなにをされているのでしょうか。

我々の研究は、重要な両輪で進めています。ナノサイズとマクロサイズをつなぐメゾスケールレベルの観察を3Dでやること、また、それぞれのアルミニウムの製品やテストピースなどで添加元素がどのように分散しているのかを3D的に内部を観察して明らかにすることです。そこで、兵庫県にある理化学研究所の大型放射光施設Spring-8を使い、電子を光速とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、超強力な電磁波である放射光を利用したトモグラフィーによる解析などの技術を利用し、アルミニウムの中の水素の挙動を調べています。


──── 放射光を使った検証というのは、具体的にどのようなことなのですか。

1mmくらいの大きさのアルミニウムの試料を回転させ、そこにX線を照射するDCT(Diffraction Contrast Tomography:回折コントラストトモグラフィー)法という手法を用い、多結晶の3Dイメージングをしています。これによって材料の3Dの結晶粒像を作り、歪みや応力がどのように分散するのかを観察し、最終的に水素がどこにどのように集まるのかを調べました。水素原子を直接可視化することはできませんが、原子レベルのシミュレーションの情報とメゾスケールレベルのイメージングの情報を組み合わせて水素がどこにあるのか、挙動はどうなるかを予測するわけです。


Spring-8で九州大学らの研究グループが使っている実験装置。放射光CT撮像と3Dイメージング、スーパーコンピューターによる大規模解析により、負荷(応力)をかけたアルミニウムの中の水素の挙動を観察している
Spring-8で九州大学らの研究グループが使っている実験装置。放射光CT撮像と3Dイメージング、スーパーコンピューターによる大規模解析により、負荷(応力)をかけたアルミニウムの中の水素の挙動を観察している


アルミニウムの水素脆化を防ぐだけでなく、将来的には添加元素コントロールによってアルミニウムのリサイクルで問題となる鉄の無害化も

──── 今回の研究成果により、アルミニウムの水素脆化の原因がわかったということでしょうか。

我々は、水素が界面に貯まり、それが剥離を起こして水素脆化の原因になるのでは、という研究を発表しました。原子レベルでシミュレーションをし、結晶格子に水素が貯まるのではないかというような従来の仮説を一つひとつ、水素の引きつけやすさを含めて周到に計算し、検証して否定してきました。我々はコンピューター上のシミュレーションではありますが、実際の水素脆化の破壊を再現できていますし、この現象が起きる条件もわかっていますから、今後も定量的な評価を積み上げていこうと考えています。また、学術的な証明のため、アトムプローブという方法を用いた水素の観察にも挑戦しています。


アルミニウムの3D結晶粒像と亀裂像。シミュレーションにより、負荷をかけた場合にどこに亀裂が入るのかを調べる(提供:戸田裕之氏)
アルミニウムの3D結晶粒像と亀裂像。シミュレーションにより、負荷をかけた場合にどこに亀裂が入るのかを調べる(提供:戸田裕之氏)


──── これから強度を上げていけば、アルミニウムを構造材料として使うことができますね。

もちろん、アルミニウムにいろいろな添加元素を加え、実験してみて強度の高い組み合わせを実証的に作ることも必要だと思いますが、そのメカニズムがわからないと最適化できませんし、制御された構造材料として航空機や新幹線など信頼性の高さが求められるところにアルミニウムを使うことは難しいでしょう。そのために我々はSpring-8を使い、アルミニウムとそのほかの添加元素、そして水素の影響を定量的に調べているのです。

現在、実験的に使っているアルミニウム合金は、一般的なアルミニウム合金の約1.5倍くらいの強度になっています。また、これが仮に1倍でしかないとしても、我々の研究を応用すれば水素の影響を避けることができ、信頼性を高めることができるのではないかと期待しています。また、アルミニウムが高強度な構造材になる可能性があるので、ある程度の延性を持ちつつ加工性に優れた構造材にできるかもしれません。


──── 強度を上げること以外に今回の研究成果はどのように生かされる可能性がありますか。

アルミニウムと鉄の化合物はもろく強度が保てないことがわかっており、鉄が入ると基本的にアルミニウムがもつ特性を下げてしまうので、アルミニウムのリサイクル時には分別したりして鉄の濃度が高くならないようにしています。そこに我々の研究を応用し、ほかの添加元素を入れて鉄を無害化し、リサイクル・アルミニウムの水素脆化を防ぐ働きも期待できます。

戸田教授らの研究のように、アルミニウムという身近な素材にはまだまだ伸びしろがありそうです。リサイクル技術もさることながら、高強度で軽い構造材料が新たに出現すれば、自動車や航空機のみならず、多くの製品や生産工程に影響が出るでしょう。今後の研究のさらなる進捗に期待したいと思います。


文・写真/石田雅彦


参考情報
「WO2021/246267」の特許権者は「国立研究開発法人日本原子力研究開発機構」、発明の名称は「アルミニウム合金材およびアルミニウム合金材の水素脆化防止剤」です。


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