リハビリ支援ロボット開発ストーリー。運動学習理論に沿うようロボティクス、画像解析技術、AIテクノロジーを搭載し、進歩を続ける

INTERVIEW

トヨタ自動車株式会社
新事業企画部 ヘルスケア事業室
主任 中村 卓磨

リハビリ支援ロボットとは、事故や疾病などを原因とし後遺症が残った対象者にその能力を回復させる目的で実施する訓練や療法、リハビリテーションを支援するロボットです。日本人の三大疾病に数えられている脳血管疾患(脳卒中)を例にとると、厚生労働省の調査によれば、2017年の患者数は111.5万人に上ります(参考文献1)。発症して死を免れたとしても、重い麻痺が残り、歩けなくなったり、介護を必要としたりするケースも多いことから社会問題にもなっています。

今回は、脳卒中患者のリハビリをサポートし、社会復帰を促すためのロボット「ウェルウォーク」を開発するトヨタ自動車株式会社新事業企画部ヘルスケア事業室の中村卓磨(なかむら・たくま)主任に、リハビリ支援ロボットの開発ストーリーをお伺いしました。


リハビリ支援ロボット開発にトヨタ自動車が取り組む背景

トヨタ自動車がリハビリ支援ロボットを開発していると聞くと意外に思われるかもしれませんが、実はロボット開発の歴史は古く、1980年代には車両工場で使用する産業用ロボットの開発を開始。2005年に開催された日本国際博覧会(愛・地球博)では、人と共生するロボットのコンセプトを提案しています。医療・介護支援用パートナーロボットの開発をスタートしたのは2007年のことです。

「トヨタがリハビリ支援ロボットを作っている理由をよく聞かれるのですが、トヨタが目指しているのは、すべての人に移動の自由を提供することです。その点において、歩くという人間にとって根源的な移動の機会を提供することは、トヨタとして取り組むべき使命なんです。たとえば脳卒中による麻痺で移動の自由を奪われて苦しんでいる人は大勢います。そこで、そういった方の歩行リハビリをサポートするロボットを開発することを目標にプロジェクトを進めました」(中村主任)


トヨタ自動車新事業企画部ヘルスケア事業室 中村卓磨 主任(提供:トヨタ自動車)
トヨタ自動車新事業企画部ヘルスケア事業室 中村卓磨 主任(提供:トヨタ自動車)


リハビリ支援ロボット開発ストーリー①:健常者である開発者がつくった試作機は独りよがりのものだった

リハビリ支援ロボット開発は、自動車とは畑違いの分野だけに一筋縄ではいきませんでした。2007年末に完成した試作機は、随所にモーターが設置されており配線だらけ。果たして実用に耐えうるものなのか疑問を持った開発者たちは、リハビリ医学の権威である藤田保健衛生大学(現・藤田医科大学)の才藤栄一教授(現・最高顧問)のもとを訪ねました。

「ご自身も片足に障害を抱えている才藤先生からは、“全然ダメ。リハビリや患者のことをまったくわかっていない”という厳しいお言葉をいただきました。我々は完全にエンジニア目線で開発を進めており、健常者である開発者が機器を装着して検証を行うなど、独りよがりなものづくりになってしまっていたのです」(中村主任)


リハビリ支援ロボット開発ストーリー②:失われた運動機能を学習し直す「運動学習理論」が突破口に

それから、エンジニア自らリハビリの現場に足を運んで、医師や理学療法士、患者にヒアリングを繰り返し、才藤先生自身に被験者になってもらいながら開発を進めました。しかし、才藤先生から指摘された箇所を改良しても、意図を十分に汲んだものにはなりません。そこで、才藤先生が指摘したのが、病気によって失われた運動機能を再び学習しなおしていく理論である「運動学習理論」に基づいていないということでした。

「才藤先生に講義をしていただき、リハビリを行う際には、ただ動かない脚をサポートするだけでなく、患者が能動的に身体を動かして、運動を学習できるような仕組みを作ることが大切だということが理解できました。学習内容が簡単すぎると回復につながらず、難しすぎると練習にならない。そのバランスをうまくとることがリハビリ支援ロボットには必要だったのです」(中村主任)

それから運動学習理論に基づいたロボットの開発が始まりました。患者に最適な難易度と練習量、自身の体の動きを確認して改善につなげるフィードバック、そして次のステップにスムーズに進める転移性といった運動学習理論の考え方を一つひとつロボットに盛り込んでいきました。そして、開発スタートから9年後の2017年、リハビリ支援ロボット「ウェルウォークWW-1000」が完成。医療機器承認を取得し、翌年にはレンタルが開始され、10年越しの努力が実ったのです。


リハビリ支援ロボット開発ストーリー③:運動学習理論に基づいたフィードバック機能でリハビリを効率的に

モニターで自分の姿を確認しながら歩行練習が可能(提供:トヨタ自動車)
モニターで自分の姿を確認しながら歩行練習が可能(提供:トヨタ自動車)


リハビリ支援ロボット開発には、ロボティクスだけでなく、画像解析技術、AI(人工知能)といったテクノロジーも利用されています。

「ウェルウォークWW-1000」は、トレッドミルやモニター、足に装着するロボット脚などから構成される練習用ロボットシステムとなっています。体重のかかり具合、脚を前に出す際のアシスト量、膝の屈曲開始のタイミングから膝を伸展する際のアシスト量の調整まで、患者の状態に応じたきめ細かな設定が可能で、うまく補助しながらも補助しすぎず、能動的な運動を促します。

「従来は理学療法士が脳卒中患者を介助しながらリハビリを行っていたため、長時間実施することが難しく、特に症状が重たい場合、思ったようにリハビリが進まず、十分な練習量が確保できないという実情がありました。しかし、ウェルウォークを使い、理学療法士は患者に応じてパラメータを適切に設定すれば、患者が自立して運動を行えるため、理学療法士に負担をかけず練習量を確保することが可能です」(中村主任)

画像解析技術を用いた歩行状態のフィードバック機能も運動学習理論に基づいたウェルウォークならではの重要な機能です。システムの正面には患者用のモニターが設置されており、自身の姿勢や足の接地位置を把握することができます。また、側面のモニターでは、理学療法士が荷重の分布や膝の屈曲の角度などのデータを確認することができます。これにより、多方面から患者にフィードバックを行い、効率的なリハビリを可能にしています。

「これまでは通常ではない歩き方からリハビリを始め、徐々に通常の歩き方に近づけていくというアプローチが一般的でした。しかし、ウェルウォークは、最初から通常に近い歩行でリハビリをスタートできるというメリットがあります。それとフィードバック機能を組み合わせることにより、従来よりも効率的に回復を目指すことができます」(中村主任)


リハビリ支援ロボット開発ストーリー④:AIによる骨格認識を導入した改良型ウェルウォークを開発

AIが骨格を抽出する3次元骨格認識ソフトウェアにより、高精度な検知機能を実現(提供:トヨタ自動車)
AIが骨格を抽出する3次元骨格認識ソフトウェアにより、高精度な検知機能を実現(提供:トヨタ自動車)


トヨタはさらなる改良のため、AI・VR(仮想現実)・MR(複合現実)・AR(拡張現実)開発を得意とする福岡のスタートアップ、ネクストシステムと連携し、オープンイノベーションを行いました。そして2019年にフィードバック機能や現場での使いやすさをさらに向上させた「ウェルウォークWW-2000」を発表。2020年から医療現場への導入を進めています。

「大きく変わったのは、患者の異常歩行の自動検知機能です。ネクストシステムが開発した3次元骨格認識ソフトウェア”VISIONPOSE (R)”を導入することにより高精度な検知機能を実現。理学療法士に対して、異常歩行の改善に役立つ設定変更情報をリアルタイムで提示できるようになりました」(中村主任)

WW-2000の試作段階では赤外線による骨格認識を検討していましたが、患者と理学療法士の位置が重なったり、強い太陽光が入ったりした時に誤認識が起きるという問題点がありました。そこで、RGB画像をもとにAIが骨格を抽出する3次元骨格認識ソフトウェアをベースにして患者の骨格を抽出するロジックを開発することで、そうした影響による誤認識を大きく減らすことができたのです。

「”VISIONPOSE (R)”は精度の高さだけでなく、導入後にアップデートしながら機能を進化させられる仕組みになっている点も魅力的でした。実際、コロナ禍により患者が黒色のマスクを着けるようになったため、顔を後頭部として誤認識し、体の前後方向が判別しにくくなるという想定外の問題が生じましたが、機能をアップデートすることで対応できました。他にもクラウド上で患者の身体データやリハビリ状況のデータを共有し、理学療法士が交代したり、転院した際もスムーズに情報を引き継ぐことができる機能を搭載するなど、さらなる利便性の向上を図っています」(中村主任)

「ウェルウォーク」シリーズは、現在、約100施設に導入され、効果を上げており、将来的には、海外への展開も視野に入れているそうです。

「『ウェルウォーク』には、まだまだ「カイゼン」すべき点が残されています。今後はもっと低価格で病院に導入していただくことを目標にしているほか、ロボット脚の軽量化や装着しやすさの向上などを検討しています。『ウェルウォーク』は、エンジニアが医療の現場に赴き、医師と話し、患者の意見を聞き、必要なことや足りないことを見つけ出してフィードバックするというサイクルを高速で回すことで完成に至りました。まさしくトヨタの「現地・現物」の精神の賜物と言えるでしょう。今後も今後も当社が目指すMobility for ALL(モビリティ・フォー・オール)の考えのもと、多くの人々の移動の自由を実現していきたいと思っています」(中村主任)


文/高須賀哲

▽参考文献
参考文献1:「平成30年版 厚生労働白書‬(図表1-2-4 脳血管疾患患者数の状況)」(厚生労働省) 、2019年7月

 

参考情報
・Welwalkは、トヨタ自動車株式会社の登録商標です。
・VISIONPOSEは、株式会社ネクストシステムの登録商標です。

 

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