有機農業におけるロボット活用事例。労働の多くを占める除草作業を自動化する「アイガモロボ」で日本の農業存続をめざす

INTERVIEW

有機米デザイン株式会社
取締役 中村 哲也

有機農業は、化学的に合成された肥料や農薬、遺伝子組換え技術を利用せず、環境への負荷をできる限り低減した農業です。地球環境への優しさに加え、生産者および消費者の人体への悪影響の可能性がなく、豊富な栄養を含んだ作物が育つこともメリットがある一方で、農薬を使わないため、栽培に手間がかかり、労働時間は慣行農業の1.5倍かかるデメリットが存在します。この労働時間の多くを占めるものが、雑草を抜くまたは抑草のための除草作業です。

この除草作業を自動化するロボット「アイガモロボ」の開発に取り組むのが、東京農工大学発ベンチャーでスタートアップの有機米デザイン株式会社です。今回は、アイガモロボの開発者でもある同社取締役の中村哲也(なかむら・てつや)氏にアイガモロボの開発ストーリーに加え、同ロボット活用による日本の農業存続への期待についてお話を伺いました。

有機農業を行う農家のメリットは、販売単価、粗利益、所得が向上すること。一方で、デメリットは栽培に手間がかかり労働時間が増えること

有機農業は、化学的に合成された肥料や農薬、遺伝子組換え技術を利用せず、環境への負荷をできる限り低減した農業。地球環境への優しさに加え、生産者および消費者の人体への悪影響の可能性がなく、豊富な栄養を含んだ作物が育つこともメリットです。

FiBL(スイス有機農業研究所)・IFOAM-Organics International(国際有機農業運動連盟)によって2019年に公開された調査レポート「The World of Organic Agriculture statistics & Emerging trends 2019」(参考文献1)によれば、有機農業の取組面積は1999年から2018年の間に世界全体で約6.5倍に拡大しており、イタリアやスペインといったヨーロッパの国々を中心に注目が集まっています。

一方で、2020年に公開された調査レポート(参考文献2)では、全耕地面積に対する有機農業の取組面積割合は、世界全体で約1.5%。有機農業が盛んなイタリアで約15.8%、日本に至ってはわずか0.5%と、まだまだ小規模になっています。

有機農業の対象は、野菜や果樹、米などさまざまですが、日本人の主食である米の有機農業の状況はどうでしょうか。

2020年2月に農林水産省が出した報告「有機農業をめぐる事情」(参考文献3)によれば、有機米栽培は慣行栽培に比べ、収量では2割ほど減るものの、販売単価が2.3倍にもなり、粗利益がおよそ2倍、所得は3倍以上にもなるという大きなメリットがあります。ただし、いいことづくめではありません。農薬を使わないため、栽培に手間がかかり、労働時間は慣行農業の1.5倍かかります。そしてその労働の多くを占めるものが、雑草を抜くまたは抑草のための除草作業。有機米栽培の除草にかかる労働時間は慣行農業の5.6倍もかかります。

2016年8月の農林水産省による「有機農業を含む環境に配慮した農産物に関する意識・意向調査結果」(参考文献4)では、有機農業等の面積を縮小する理由として販路開拓や価格面の問題を抑えて「労力がかかるため」が最も多く挙げられていることからも、作業負担が大きいことがうかがえます。


有機米デザイン取締役 中村哲也氏
有機米デザイン取締役 中村哲也氏


有機農業における労働時間の多くを占める除草作業を、「アイガモロボ」は自動化

そこで開発された「アイガモロボ」は、有機農業における労働時間の多くを占める除草作業をロボットで自動化するものです。

アイガモロボは、昔ながらの有機米栽培の方法の一つとして知られる「合鴨農法」(合鴨を田んぼに放ち、水かきで泥を巻き上げることによって抑草効果がある)など先人の知恵と原理を参考に、田植え後の水田で自律航行するロボット。雑草を生えにくくする「抑草」効果によって、生産者の負担を大幅に軽減することを期待されています。


アイガモロボット開発ストーリー。自動車メーカーでの勤務と週末の有機農業での農作業のなかでアイガモロボットは生まれた

アイガモロボを開発した中村氏が有機農業に出合ったのは2011年。当時、日産自動車で自動車開発に携わっていた中村氏は、同社の取り組みの一環で周辺企業のメンバーとともに、山梨県北杜市の農家のお手伝いをしながら有機農業での米作りを始めたそうです。

定期的に水田に通ううちに農業に惹かれていった中村氏ですが、一方で農作業の大変さを強く実感しました。中でも特に大変だったのが除草作業だったと中村氏は語ります。

「放っておくと田んぼにはコナギやヒエといった雑草が大量に生えてきます。それを防ぐために草取りをするのですが、ぬかるんだ地面で中腰になって草を取るのは本当に大変。足や腰への負担が大きく、農作業に慣れていない人は歩くことすらできないこともあります。田植え後1か月は除草が主な仕事になります。除草の大変さを身をもって体験したからこそ、技術力でこの負担をどうにかしたいと切実に感じたんです」(中村氏)

ここから日産での勤務と週末の農作業を継続しつつロボットを開発する日々が始まりました。とはいえ除草の方法やロボットの仕組みが決まるまで数年間も試行錯誤を繰り返すなど、その道のりは決して楽ではなかったそうです。

「歩くことすら困難な場所で動く機械を開発するなんて、電気自動車を開発するより難しいんじゃないか、と挫折しそうになったこともあります。一緒に農作業をする仲間がいたからやってこれました」と当時を振り返ります。

成果が出てきたのは、2017年頃。試作機が新聞にも取り上げられ、展示会に出展するなど、現在のアイガモロボの原型ができてきました。一方で手弁当での開発費捻出に限界を感じていた中村氏は2019年9月に日産を辞職。同年11月にヤマガタデザイン株式会社と共に有機米デザイン株式会社を設立してアイガモロボの開発に専念するようになりました。

有機米デザイン株式会社は2020年にTDKから2億円調達、2022年5月に井関農機から2億円を調達。井関農機やJAはくいとの業務提携を結び、アイガモロボの販売を目指して活動しています。


田んぼに放した合鴨が水かきで泥を巻き上げることによって除草・抑草する「合鴨農法」の原理をロボット動作で再現

2021年に行われたアイガモロボの試作機による実証実験の様子(提供:有機米デザイン)
2021年に行われたアイガモロボの試作機による実証実験の様子(提供:有機米デザイン)


では、アイガモロボはどのような仕組みで除草作業の手間を軽減するのでしょうか。これはその名の通り、田んぼに放した合鴨が水かきで泥を巻き上げることによって除草・抑草する「合鴨農法」の原理を参考にしています。合鴨農法には、自然界には存在しない人工品種の合鴨がキツネやハクビシン、トンビや鷹などの天敵から守る柵を毎回設置しなければならない、新たな合鴨の雛を毎年購入しなければならないといった難点があります。

これを克服するのがアイガモロボです。田んぼの水面に浮かんだ機体がLTE通信と機体に内蔵されたGPSで制御され、お掃除ロボットのように田んぼの指定された範囲内をくまなく移動します。

除草を担うのは、機体内部に搭載されたスクリューです。泥の堆積層が増えることで土中の雑草に光を当たりづらくし、新たな雑草の繁殖を抑制する抑草効果があります。また、泥を攪拌(かくはん)して浮かび上がらせることで、芽を出したばかりの雑草を土から抜く効果も期待できます。一方で根を張っている稲の苗が抜けないよう、スクリューの力は泥の表面のみを攪拌する程度に調整されているそうです。

動力源には太陽光発電を採用し、バッテリーにはマンガン系のリチウムイオン電池を使用。マンガン系のリチウムイオン電池は体積当たりの蓄電効率は高くないものの、内部抵抗が少なく微弱な電力でも蓄電できるのが特徴。曇天時の光量でもしっかり蓄電でき、機体の軽量化も相まって少ない電力でもしっかりロボットを動かせます。そのため作業後に放置しておくだけで必要な電気量が確保できるので、ロボットを抱えて持ち帰る必要もありません。


有機農業でのロボット活用では、除草・抑草効果のほかに収穫量の工場や作物の天敵被害が低減したという報告も

有機農業でのロボット活用の観点で見ると、除草・抑草効果のほかにも、アイガモロボは農家にとってポジティブな効果をもたらす可能性があると中村氏は言います。それが判明したのは、実際の農家で行った実証実験。さらなるブラッシュアップのために、有機米デザインでは2021年に18都道府県の農家を対象に計75台近くのアイガモロボを使用してもらいました。「去年は除草機を3回使用したが、今年は一度も使用しなかったよ」など抑草効果に対して好意的な評価が多く出る一方で、開発段階では想定していなかった効果も見えてきたそうです。

「適正条件下でアイガモロボを使用した農家では、1〜6割ほど米の収穫量が増えているんです。これまで稲の栄養を奪っていた雑草がなくなったため、アイガモロボが動くことで水中の酸素が増えて好気性の微生物が働くようになったため、といった仮説はありますが、これからさまざまな研究機関で調査していく予定です」

ほかに、稲の天敵であるジャンボタニシによる被害が減ったという報告もあるようです。稲を食べているタニシを払い落としているから、水田の泥がとろとろ層になることでタニシの動きが鈍くなるから、といった仮説を中村氏は挙げますが、こちらもさまざまな研究機関で調査していく予定です。

2022年度には33都府県で200台以上のアイガモロボを用いた実証実験を実施中。こうした効果の検証を行いながら、アイガモロボのブラッシュアップを図り、2023年のテスト販売開始を目指しています。


有機農業でのロボット活用が目指すのは自然だけでなく、生産者や消費者にも優しい社会の実現

2022年に実証実験を行っている最新型のアイガモロボ(提供:有機米デザイン)
2022年に実証実験を行っている最新型のアイガモロボ(提供:有機米デザイン)


有機農業でのロボット活用が目指した本取り組み。アイガモロボ設計時の思想として、「購買者である農家の方々がこのロボットを使って儲けられるかどうか、を判断軸にした」と中村氏は語ります。その結果のひとつが、スクリューの仕様です。稲を引き抜かずに表層だけを掻き回すスクリューの仕様にたどり着くまで4年近くもアイデアを練り直し、その後も20回程度も試作を繰り返したのだとか。初期には稲の苗と雑草を識別するためのAIを搭載する案も出ましたが、あえてコストの掛かる複雑な仕様を採用しなかったそうです。

「稲と雑草を区別できれば便利ですが、AIを搭載すればロボットは複雑になり、販売価格を高くしなければなりません。便利すぎる機能よりも手に取りやすい値段を実現する方が、人手不足や資金不足に直面しながら農業に向き合っている専業農家の助けになると判断したのです」(中村氏)

また現在、有機米デザインではアイガモロボの実証実験でつくられた有機米を自社で買い取っているそうです。買い取った有機米は独自の流通網から適正価格で販売。農家の稼ぎを支援するとともに、国内での有機米の普及を促進させるのが狙いです。

こうした活動の背景には、日本農業の未来に対する憂慮があるからだと中村氏は説明します。

「コロナ禍の影響もあり、2021年は初めてJAによる米の買い取り価格が生産価格を下回りました。こうした現状を鑑みると、今後は大規模な生産者であっても慣行農業では収益を維持できない可能性があります。一方、市場に0.1%しか存在しない有機JAS米の買い取り価格は十分に高く、日本の農業を存続させるためには有機農業の生産・消費を促進させなければならないというのが私たちの考えです。こうした考えのもと、深刻な人手不足の中でも有機米を生産できるよう開発しているのがアイガモロボなんです。有機農業によって地球環境だけでなく、生産者や消費者までもが幸せになる社会を実現したいですね」(中村氏)


文/野口直希
撮影/嶺竜一


▽参考文献
参考文献1:「The World of Organic Agriculture statistics & Emerging trends 2019」(Organic World – Global organic farming statisticsホームページ)(FiBL(スイス有機農業研究所)・IFOAM-Organics International(国際有機農業運動連盟))、 2019年2月
参考文献2:「The World of Organic Agriculture statistics & Emerging trends 2020」(Organic World – Global organic farming statisticsホームページ)(FiBL(スイス有機農業研究所)・IFOAM-Organics International(国際有機農業運動連盟))、 2020年2月
参考文献3:「有機農業をめぐる事情‬」(農林水産省) 、2020年2月
参考文献4:「有機農業を含む環境に配慮した農産物に関する意識・意向調査結果‬」(農林水産省) 、2016年8月

 

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