バクテリアがコンクリートに入ったひび割れを自動的に修復する「自己治癒コンクリート」でコンクリートの長寿命化をめざす~コンクリート業界の脱炭素化(前編)

INTERVIEW

會澤高圧コンクリート株式会社
代表取締役社長 會澤 祥弘
常務取締役 酒井 亨

コンクリートに入ったひび割れ(クラック)をバクテリアが自動的に修復する「自己治癒コンクリート」は、オランダのデルフト工科大学で発見されました。この自己治癒コンクリートを用いることによるコンクリートの長寿命化に注目し、デルフト工科大学の研究チームが大学発スタートアップとして設立したBasilisk BVと量産技術の共同開発に着手したのが、北海道に拠点を構えるコンクリートメーカーの會澤高圧コンクリートです。本連載では、コンクリート業界の脱炭素化について注目します。前編となる今回は、同社代表取締役社長の會澤祥弘(あいざわ・よしひろ)氏、常務取締役の酒井亨(さかい・とおる)氏に、脱炭素化に向けたコンクリート業界の課題や、「自己治癒コンクリート」量産技術確立に向けた開発ストーリーに加え、本技術の導入事例についてお伺いしました。

脱炭素化に向けたコンクリート業界の課題は、セメント製造過程で必然的に二酸化炭素が排出されてしまうこと

道路やブロック、ビルなど、私たちの身の回りのいたるところで使われているコンクリート。耐震性、耐火性、遮音性、耐熱性など耐久性に優れている上、寿命も長いのが大きな特徴です。そのコンクリートの主な原料となっているのがセメントです。

セメントは石灰石や粘土などの原料を調合し、高温で焼成した後に急速冷却します。それに石こうを加え、粉砕して出来上がります。高熱で加熱して冷却する過程で「クリンカ」という中間製品ができますが、このクリンカを生産する際に、石灰石から必然的に二酸化炭素(CO2)が排出されてしまうのです。そのため、コンクリート業界は世界で排出される二酸化炭素の約8%に当たる量を排出するなど、環境負荷が高いことが課題とされています。

そうした中、2035年までに温室効果ガスのサプライチェーン排出量を実質ゼロにする「NET ZERO 2035」を掲げ、コンクリート業界の脱炭素化に取り組んでいるのが、北海道に拠点を構える創業85年を超えるコンクリートメーカー・會澤高圧コンクリートです。

同社はバイオの力でひび割れを自ら修復する自己治癒コンクリート「バジリスク」の量産化に世界で初めて成功し、コンクリート構造物を定期的かつ大規模にリニューアルする従来のインフラ維持管理方法に終止符を打とうとしています。


コンクリート業界の脱炭素化に向け考えたアプローチが、コンクリート構造物の飛躍的な長寿命化

セメント製造時には大量のCO2が発生する

 

 

1935年の創業以来、生コンクリートから鉄筋コンクリート(RC)およびプレストレスト・コンクリート(PC)、コンクリート二次製品、即脱式コンクリート製品まで幅広く生産をしてきた會澤高圧コンクリート。同社が自己治癒コンクリートの量産化に取り組むことになったのは、環境問題への懸念からだったといいます。コンクリート業界は世界で排出される二酸化炭素の約8%に当たる量を排出しているという現実を変えたいと考えているのです。

「コンクリートの原料となるセメントを1トン生産することによって排出される二酸化炭素の量は、およそ0.8トン。日本のセメント消費量は年間で約4,300万トンですから、約3,400万トンもの二酸化炭素が大気中に放出されていることになります」(酒井氏)

コンクリート産業から二酸化炭素の排出量を減らすためにはどうすればいいか。會澤祥弘社長が考えたのは「コンクリート構造物の飛躍的な長寿命化」でした。

「2019年11月にポルトガルのリスボンで開催された国際的な技術会議『Web Summit』に出席したんです。そこで参加者の環境意識への高さに驚かされました。会場でペットボトルの飲み物は買えず、マイボトルを持ち込むことが参加のルールとなっているほか、ほぼすべての登壇者が気候変動への懸念や企業はなにをすべきかを語っていたのです。それまでも脱炭素を意識していなかったわけではありませんが、コンクリートは必ず寿命があり、コンクリート構造物が定期的に作り変えなくてはならないものである以上はある程度のCO2排出は仕方がないと思っていた部分がありました。しかしWeb Summitに参加し、脱炭素の観点から事業活動を真剣に捉え直す必要があるな、と考え始めました」(會澤氏)

道路、橋脚、港湾、下水道、ビル……人類の発展はコンクリートに支えられてきたといっても過言ではなく、今後人類がコンクリートを使わないということは無理でしょう。そうであるならば、何百年も壊れないようなコンクリートを作れば良いのではないかと、會澤氏は考えました。

コンクリート劣化の引き金となるのは、ひび割れです。コンクリートにとってひび割れは避けられない現象であり、5〜10年ごとに補修が必要になります。


劣化したコンクリートはひび割れが発生する。浸水して鉄筋が腐食し、本来の強度が保てなくなる
劣化したコンクリートはひび割れが発生する。浸水して鉄筋が腐食し、本来の強度が保てなくなる


「まず、施行初期に硬化の過程で20mの長さに対して0.5〜1mm程度の収縮が避けられません。さらに、温度変化による膨張や凍結融解、湿度変化による乾燥収縮が繰り返されることによっても、建造物全体にストレスがかかります。その結果、マイクロクラックなどのひびが入り、そこから水と酸素が侵入し、骨格となる鉄筋を腐食させてしまうんです。鉄筋が腐食すると、強度を失ってしまうばかりか、さびて膨張します。その圧によって、内側からコンクリートがさらに壊れていきます」(酒井氏)

強固に思える鉄筋コンクリートですが、このように劣化が進むと本来の強度が保てなくなり、いずれ崩壊してしまいます。そうなる前に取り壊しが必要になります。鉄筋コンクリート住宅の耐用年数は47年と規定されています。

産業廃棄物となるコンクリートガラが発生し、また再建築には新たなセメントが必要になります。つまりコンクリート建造物は建て替えるたびに大量のCO2を発生させることになります。これが永遠に続くことになります。

このひび割れの問題を解消することができれば、コンクリート建造物を大幅に長寿命化することができます。それが実現できれば、セメントの消費量を減らすことにつながり、脱炭素化に貢献できる、と會澤氏は考えたのです。

しかし、絶対にひび割れないコンクリートを作り出すことは不可能だと考え、発想を転換しました。ひび割れないのではなく、ひび割れてもひびが埋まるコンクリートはないものだろうかと考えたのです。


バクテリアの代謝機能を活用した「自己治癒コンクリート」でコンクリートの長寿命化を

自己治癒コンクリートがひび割れを自然に修復した様子(提供:會澤高圧コンクリート)
自己治癒コンクリートがひび割れを自然に修復した様子(提供:會澤高圧コンクリート)


會澤高圧コンクリートでは、2012年から微生物の代謝活性がコンクリートのひび割れ修復に活かせないかと考え、ウイルスやバクテリアについての研究を始めました。

「あらゆる生物はその生体に不具合が出ると自己でその不具合を修復しようとします。生物のように自己治癒するコンクリートやモルタル、アスファルトが開発できれば、構造物の長寿命化が可能になるだけでなくCO2排出量の削減につながると考えたんです」(會澤氏)

研究を進める中、オランダのデルフト工科大学のエリック・シュランゲン教授とヘンドリック・ヨンカーズ准教授がコンクリートの自己治癒技術の開発を進めていることを知りました。

「彼らが開発した、バクテリアを用いた自己治癒コンクリート、バジリスクはまるでひとの皮膚の傷が、かさぶたによって自然と治癒されていくように、コンクリートのひび割れをバクテリアが自ら修復していくもの。まさにコンクリートマテリアルとバイオテクノロジーの融合によって生まれた技術だと思いました」(酒井氏)

この技術の仕組みは、アルカリ耐性の強いバクテリアとバクテリアの餌となるポリ乳酸をカプセル化したものをコンクリート製造時に配合する、というもの。コンクリートにひび割れが生じた際に、餌を食べて炭酸カルシウムを排出するバクテリアの代謝機能を活用し、自動的にひび割れを埋めていきます。

「ひび割れなどから侵入する水分がトリガーとなり、コンクリートに配合された休眠状態のバクテリアが覚醒、水とともに入り込む酸素と反応し分裂を繰り返します。その後、バクテリアはともに配合された“餌”を取り込み、代謝物としてコンクリートの主成分である炭酸カルシウムを排出、これがひび割れを埋めていく、というメカニズムです」(酒井氏)

それは世紀の大発明でした。しかしその時点では研究室レベルの量しか生産できていません。必然的に、次のステップとして量産化技術の開発が必要です。その開発を會澤高圧コンクリートが担うことになりました。

そこで、2016年6月に、デルフト工科大学の研究チームは自己治癒コンクリート技術の事業化を進める大学発スタートアップとしてBasilisk BVを設立。會澤高圧コンクリートは量産技術の開発を共同で行うとともに日本での独占的契約及び、製造のライセンス契約を締結しました。


自己治癒コンクリート量産技術が確立できたポイントは、粒子サイズが異なる原料を均等に混合できるようにしたこと

バクテリア(左)と、ポリ乳酸(中)を混合して自己治癒コンクリート(右)を製造する
バクテリア(左)と、ポリ乳酸(中)を混合して自己治癒コンクリート(右)を製造する


しかし自己治癒コンクリート量産技術の開発はそう簡単にはいきませんでした。その過程で思わぬ課題が浮き彫りになります。

ヨンカース准教授たちが開発したバジリスク(自己治癒コンクリート)のプロトタイプは、生分解性プラスチックを約80℃で溶解させて糸状に押出成形し、これに培養したバクテリアを等間隔で注入した後、2mm程度の間隔で裁断、それらを水中で冷やして乾燥させ、カプセル化するという手法を用いていました。コンクリートにする際には、このカプセル(バジリスク)をセメントに混ぜ込み、さらに骨材である砂利などと混ぜ合わせて生コンにし、使用します。

しかし実証実験では、カプセルのサイズが大き過ぎてコンクリート内部で安定せず、それが原因でポリ乳酸の過剰分解(乳酸カルシウムの過剰生成)が生じ、小さな白い斑点がコンクリート表面に発生してしまっていました。また、製造工程が複雑でコストが高く、大量生産に向いていないなどの課題が浮上しました。そこで製法そのものの抜本的改良に取り組むことになったのです。

「量産化のポイントは、胞子状の殻をまとって休眠しているバクテリアを、ポリ乳酸の中に極めて均等に分散させて封じ込めることにより、コンクリート混練時の運動エネルギーにさらされてもバクテリアが一定の生存率を保つようにすることにありました」(酒井氏)

バクテリアの個体サイズは1.5〜2.5umで、培養の過程で増殖を繰り返し、直径100um程度の集合体をつくります。一方のポリ乳酸は細かく粉砕しても直径1mm(1,000um)程度あり、バクテリアの10倍の大きさがあります。この粒子サイズが大きく異なる2つの物質をいかに均一に混ぜ合わせるかが課題となりました。

「化粧品や医薬品のサイズの異なる粒子を均等に混合して製造することができるドイツ製の特殊ミキシング装置を見つけることができました。これに改良を加えてバジリスクを製造することにしたのです」(酒井氏)

ドイツのMIXACOが開発する化粧品製造ミキサーを活用し、粒子サイズが異なる原料を均等に混合できるようにしました。酒井氏は「異なる分野の技術ですが、これがなければ量産化は不可能でした。ブレイクスルーとなったポイントです」と振り返ります。


自己治癒コンクリート製造装置は、ドイツのMIXACOが開発する化粧品製造ミキサーを改良した
自己治癒コンクリート製造装置は、ドイツのMIXACOが開発する化粧品製造ミキサーを改良した


開発した自己治癒コンクリート製造装置では、ミキシング工程において材料攪拌(かくはん)容器内を密閉して減圧した後、容器を上部に180度反転させ、内羽と外羽をインバーター制御により、それぞれ異なる速度で回転させることが可能。密閉減圧することで、バクテリアやポリ乳酸の各粒子にかかる重力を軽減し、材料の分散効果を飛躍的に高めたのです。

バクテリアの生存率を確認しながら、最適な内羽・外羽の形状、回転数や練り混ぜ時間を絞り込み、約2年半かけて、2020年11月に量産技術を確立。札幌市内の製造プラントで国内初となる商用生産を始めています。

「札幌に導入したプラントは、インバーターにより制御された内羽を1分間に2,000回転、外羽を1分間に40回転の速度で駆動させ、一度に600㎏のバイオマテリアルを5分間で製造する能力があります。完成したバイオマテリアルはパッカーにより自動計量し袋詰めされて、使用するコンクリート工場に送られます。計量から袋詰めまでの工程は約30分。1日に約10トンのバジリスクの連続製造が可能となりました。これは生コンクリートの量に換算すると約2,000m3、年間では70万m3相当分の自己治癒コンクリートを生産できる計算です」(酒井氏)


自己治癒コンクリートは、LNG基地内の配管用基礎の補強工事(津波対策)や陸上養殖施設の地下ピット(水槽)に導入されている

製品化された自己治癒コンクリート(バジリスク)は、北海道ガスの石狩LNG基地内において、配管用基礎の補強工事(津波対策)に採用されています。

また、大和ハウス工業が静岡県に施工した日本最大級の陸上養殖施設に、バジリスクが配合されたプレキャストコンクリート構造の地下ピット(水槽)が納入されています。バジリスクは酸素と水に反応してひび割れを修復するため、水槽には特に向いているとのことです。


自己治癒コンクリートによる長寿命化技術は、「つくっては壊しを繰り返す」20世紀モデルと決別する

コンクリートの自己治癒による長寿命化技術は、會澤高圧コンクリート自身も含めて、コンクリート産業全体の将来の需要を奪うことに繋がります。それに対し、會澤氏はこう語ります。

「今の時代、つくっては壊しを繰り返す20世紀モデルは通用しません。脱炭素を前提に事業を進め、その結果市場が縮小するのであれば、その前提のもとでコンクリートの新たな方向性を見出していけばいいのです。このコンクリートの自己治癒による長寿命化技術は、20世紀モデルと決別することとも言えます」(會澤氏)

また、會澤高圧コンクリートは液化CO2を生コンクリート製造に取り込み、ナノ鉱物を生成させ、CO2の主要な排出源であるセメント量を削減しながら同じコンクリート強度を引き出す技術CarbonCure(カーボンキュア)の実装も国内で始めて行っています。

「私たちは成長でも縮小でもない、持続可能という新しい産業や企業の在り方を具体的に提示できたらと思っています」(會澤氏)

《後編へ続く》

文/新國翔大
撮影/嶺竜一


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