雨天時浸入水をAIによる音響解析にて検知。インフラ補修を効率的に行うための下水道雨天時浸入水検知システムとは

INTERVIEW

株式会社建設技術研究所
東京本社 上下水道部
部長 石川 美宏
次長 鈴木 英之

雨天時浸入水とは、本来流れ込むはずのない地下に埋設された汚水管に侵入する雨水のことです。雨天時浸入水の一例として、大雨によりマンホールから汚水が溢れ出す現象が知られています。この原因は汚水管(主にコンクリート製)の老朽化による破損ですが、地中に埋められた汚水管の破損箇所を特定するには多大なコストと労力がかかるため、補修がなかなか進まないのが現状でした。そうしたなか国土交通省は2019年「雨天時浸入水対策ガイドライン策定検討委員会」が立ち上がり、本格的な問題解決に乗り出します。今回は、同プロジェクトに参画し、AIによる音響解析を用いた下水道雨天時浸入水検知システムを開発した株式会社建設技術研究所の石川美宏(いしかわ・よしひろ)氏と鈴木英之(すずき・ひでゆき)氏にお話を伺いました。

雨天時浸入水への注目が高まる理由

雨天時浸入水とは、地下に埋設された汚水管に侵入する雨水のことです。近年、台風やゲリラ豪雨により大きな水害が多発しています。全国各地で対策が急がれていますが、そんな中、国土交通省は2019年「雨天時浸入水対策ガイドライン策定検討委員会」を立ち上げました。

日本では下水道の約8割において、汚水(トイレの下水や生活雑排水)と雨水の系統が分離されています(分流式下水道)。汚水は汚水管(主に道路の中央の地下を流れる)を通って下水処理場に運ばれ、浄化されてから河川に流されます。雨水は道路の側溝などを通って雨水管に集められそのまま河川に流されます。基本的に雨が降っても降らなくても下水処理量は一定になるように、1970年代以降に下水道インフラが整備された都市はほとんどが分流式下水道となっています。

しかし、近年、老朽化により、汚水管にヒビや穴があいてしまっている箇所が増えており、大雨が降った際に雨水が汚水管に流入してしまい、地上に汚水が溢れ出すなどさまざまな問題を引き起こしているのです。また、そうした箇所があれば雨のたびに慢性的に下水道処理場の流入量が増えるため、下水道処理費用も高くなってしまうという問題も出ています。この問題を防ぐため、浸水のある汚水管の入れ替えや補修などの工事を行うことが重要なのですが、課題があります。汚水管は地中に埋められているため、破損・浸水箇所を特定するのが困難なのです。

そこで、国土交通省は、「雨天時浸入水対策ガイドライン策定検討委員会」の活動の一環として、下水道革新的技術実証事業(B-DASHプロジェクト:Breakthrough by Dynamic Approach in Sewage High Technology Project)を実施。国土技術政策総合研究所の委託研究として、民間企業、地方公共団体、大学等が連携した実証研究を行いました。その中で大きな役割を担ったのが、長年にわたり国の公共事業やインフラ整備に携わってきた建設技術研究所です。

「雨天時浸入水対策ガイドライン策定検討委員会」の活動の一環で行われた「B-DASHプロジェクト」にて低コストでスピーディーに雨天時浸入水を検知する技術開発に取り組む

「20年ほど前から汚水管の老朽化が問題視されており、近年になってそれが顕在化してきました。集中豪雨が起きた時にマンホールから雨水が混ざった汚水があふれ出たり、住宅内に汚水が逆流するといった目に見える被害が多発しているだけでなく、インフラに大きな負荷を与えていることも問題になっています。現在、汚水管に流入している雨天時浸入水をはじめとする不明水は、全国で年間約26億トンもあると言われています。本来、下水処理の必要がない大量の雨水を処理するために年間約100億円の費用がかかっており、各自治体の下水道事業経営を圧迫しています。

そのため、対策が急がれていますが、破損・浸水箇所を特定するのが、従来技術では困難でした。雨が降るごとに下水処理場に流れてくる汚水の量が増えれば、流入する管の上流のエリアのどこかで浸入水があることはわかります。しかしどこから侵入しているのかがほぼわからないのです。浸入箇所を特定できなければ工事のしようがありませんが、この特定作業がネックとなっていました」(鈴木氏)

トンネルのひびから漏水していれば目視ですぐに特定できますが、下水管は目視で調べることができません。そして、雨が降らなくては浸入水がありません。どのようにして浸入水を調べるかというと、雨の降った日に水位が上がったかどうかを調べるしかありません。

「従来は汚水管に水位計や流量計を置いたり、カメラを設置したりすることで、雨天時浸入水の流入状況を調査していましたが、専用の機器を必要とするうえ、調査結果の分析を技術者が行うなど作業に人員と日数がかかることもコスト増の要因となっていました」(鈴木氏)

そのようにしても、雨の日に水位が上がったと測定されたら、その場所よりも上流に浸入水があるということがわかるだけなので、浸水箇所の特定は簡単ではありません。

大きなエリアから浸水箇所を絞り込んでいくのですが、実際に特定できるまでには、長い場合では5年もの歳月を要するそうです。その作業を全国で実施するとその費用と時間は多大なものになります。

そこで、B-DASHプロジェクトの一環として、低コストでスピーディーに雨天時浸入水を検知する技術の開発に取り組んだのです。

下水道雨天時浸入水検知システムは、ボイスレコーダーと電池という簡便な構成にすることで大幅なコスト削減を実現

雨天時浸入水検知を行うために下水の水の音を録音する集音装置。ボイスレコーダーと電池で構成されている
雨天時浸入水検知を行うために下水の水の音を録音する集音装置。ボイスレコーダーと電池で構成されている


開発にあたり、鈴木氏が着目したのが、流水量と流水音の関係です。雨天時浸入水が流れ込む汚水管では、晴天時に比べて雨天時では流水量が多ければ10倍程度にまで増えます。ならば、流水音にも変化があるはずだと鈴木氏は考えました。

「今回のプロジェクトに参画している国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)は、音響データを使ったインフラメンテナンスのパイオニアで、これまでに動作音を解析して機械の異常を検出する技術などの開発を手がけてきました。雨天時浸入水の検出においても、その技術が応用できると考え、共同研究をスタートしました」(鈴木氏)

こうして開発された下水道雨天時浸入水検知システムのハードウェア構成は実にシンプルなものでした。使用する装置は、既存のボイスレコーダーに外付けの電池パックを接続し、防水ケースに収納しただけの簡便な構造。それをマンホールから吊るし、汚水管の中で約1か月にわたり流水音をレコーディングし続け、録音された音響データをAIにより解析するのです。

「特殊な機器を使うわけではなく、既存の機器を流用するため低コストで装置を作ることができます。また、一度、装置を設置すれば後は放置したままでいいため、作業員が何度も汚水管に出入りする必要がなく人件費も抑えられます。さらに、マンホールの中に入らなくても設置ができるため酸欠などの事故のリスクも回避できます。安価で簡便なので、複数の箇所で一斉に調査を実施してスピーディーに浸入箇所を特定できるのもこのシステムならではのメリットです」(石川氏)

下水道雨天時浸入水検知システムは、広域的な多点観測で得られた録音データをAIにて解析することで流水音の異常を検知する

建設技術研究所の開発したシステム(左)と従来の検査方法(右)の比較(提供:建設技術研究所)
建設技術研究所の開発したシステム(左)と従来の検査方法(右)の比較(提供:建設技術研究所)


下水道雨天時浸入水検知システムにおけるAIによる解析技術の開発は、産総研の既存技術を応用することでスムーズに進みました。

「マンホール内で流水音を録音する時に問題となるのが、地上の道路を走る自動車の走行音などです。最初にそれらのノイズを除去したうえで解析を進めます。大きな汚水管の場合、音が反響するため技術的に難しいと予想していましたが、特に問題はありませんでした。静かな地下空間であることが逆にメリットとして働いたようです。データの解析にあたっては、時間領域と周波数領域からなる282の特徴から特徴量を算定。算定された晴天時と雨天時の特徴量を比較しました。

汚水管の太さや埋設された場所によって、流水音がそれぞれ異なるため、雨が降っていない正常時と比較する作業はどうしても必要になるのです。そうして音響データをもとにAIが弾き出した流水量の特徴量算定結果と、流量計を使って測定した流水量の実測値を比較してみたところ、高い精度で一致していることがわかりました。このことから、新たに開発した下水道雨天時浸入水検知システムが、従来技術の代替になりうることが証明されたのです」(鈴木氏)


下水道雨天時浸入水検知システムで開発したAIによる音響解析技術を活かし、雨天時浸入水だけでなく汚水管水位のリアルタイム監視や交通量調査の無人化を検討

下水道雨天時浸入水検知システムの集音装置。主装置はマンホール付近に設置し、集音マイクのみを汚水管付近まで落とす(提供:建設技術研究所)
下水道雨天時浸入水検知システムの集音装置。主装置はマンホール付近に設置し、集音マイクのみを汚水管付近まで落とす(提供:建設技術研究所)


この技術は、各自治体の協力のもとすでに実証実験が進められており、現在のところ、調査費用が平均58%、作業日数が62%削減されるという目覚ましい成果を見せています。それにより、国土交通省からも高い評価を受け、2021年には同省が主催する第5回インフラメンテナンス大賞で「特別賞」を受賞。今後、この技術が普及すれば、全国各地の下水道インフラが改善され、大雨による被害を抑えられるだけでなく、下水処理の無駄がなくなり、各自治体の財政負担の軽減にもつながると期待されます。しかし、鈴木さんたちは、さらにその先を見据えて技術のブラッシュアップを試みています。

「AIによる音響データを用いた検知技術は、今後、応用の幅が広がっていくと期待しています。すでにAIが算出した流水量と流量計で測定した実際の流水量に高い相関があることがわかっていますので、まずは流水量を数値化できるところまで検知技術を高めていきたいと考えています。それに加えて、現在、構想しているのが、汚水管の水位を一般の方々がリアルタイムで確認できるシステムの開発です。現状の検出装置を改良することで、水位の変化を監視して、住宅内へ汚水が逆流や大雨由来の道路陥没の危険性を事前に察知できるようにしたいと考えています。他にも、車の走行音を解析することにより交通量調査を無人化したり、河川の流量の変化を遠隔で検知するといった応用も考えられます」(石川氏)


文/高須賀哲
撮影/嶺竜一


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