半導体産業の日本と世界の根本的な違いとは〜半導体入門講座(35)

これまで日本の半導体メーカーが失敗した理由について、半導体のテクノロジー潮流や日本企業の特殊性に注目した分析内容をご紹介してきました。それでは、半導体産業の日本と世界の根本的な違いはどこにあるのでしょうか?今回は、半導体産業における日米の会社業態の違いに注目し、世界の半導体産業に関する分析内容をご紹介します。

半導体産業の日本と世界の違いは、会社業態。日本は垂直統合型、海外は水平分業型

日本の大手半導体メーカーは垂直統合の総合電機の一部門であったが、半導体専業メーカーがなかったわけではない。中堅ないし小規模な半導体専業メーカーが実は日本に多い。大手以外では、ロームが2021年の売上額32.66億ドル(市場調査会社オムディアの日本法人による)、日亜化学が同23.39億ドル、と続き、ファブレス半導体のソシオネクストが同11.06億ドルとなっている。

半導体部門が垂直統合の総合電機の一部になるということは、親会社に逆らえない、ことを意味している。現実に半導体経営者として優れた人物が副社長の座から追放された事実があった。このときの総合電機は、反社会的勢力と付き合いがあった、と話を作り上げて副社長を追放した。もちろん筆者は、その方のお話もその方の周囲におられる方々のお話も伺い、そのような反社会的な人たちとの付き合いはなかったことを確認した。

つまりほとんどの大手半導体メーカーは、総合電機の経営者の意のままにあった。ということは下請け構造にすぎなかった。ある総合電機の経営者は公共事業出身者であり、半導体製品を内部で購入する立場にあった。総合電機から見ると半導体事業部門は下請けだった。その割にチップ製造工場には金がかかった。DRAMという大量生産製品を作っている間は、工場を持っていても十分に戦えた。しかし、DRAMを止めてシステムLSIに移行した途端、大量生産から少量多品種生産へ切り替えなければならなかったが、いつまでも工場を持ち続け、少量多品種でコストのかかる製品を作り続けたため赤字に転落するようになった。

さらにもう一つの悲劇は、お客様である公共事業部門に半導体製品を納入するため、半導体部門から見て公共事業部門は神様だった。日本では、お客様は神様です、という文化が染みついていたからだ。ここは海外とは大きく違った。

半導体産業の日本と世界の違いとして、海外ではメモリのような大量生産品以外は、設計専門のファブレスと製造専門のファウンドリにはっきり分かれていった。半導体チップの集積度が上がり、設計の負担が大きすぎるようになったためだ。今では1,000億トランジスタのLSIチップが登場するようになったが、20年前でさえ、数千万トランジスタとなれば設計があまりにも複雑になりすぎたため、自動化ツールを導入し、階層構造で設計するようになってきた。上位は抽象度が高く、論理で表現し、中位のトランジスタレベルでは回路設計となり、下位のマスクパターンレベルでは回路をマスクパターンで表現した。これらの階層をつなぐ作業も必要となった。もはや1社が設計から製造まですべてを賄うことが極めて難しくなった。メモリ以外の高集積LSI企業としてはIntelしかいなくなった。ただ、アナログ回路のように集積度の低いIC製品は1社で設計・製造している。

海外が得意とする水平分業<図1>では、ファシリテータとなる1社が旗を振り、さまざまな機能をそれぞれの企業が担当する。それぞれの企業は、立場は対等であり、下請けではない。お客様は神様ではなくパートナーの一つである。こういった水平分業は、日本のこれまでの総合電機にはなじまない。従来の親会社→子会社→孫会社→下請け会社、というような垂直統合的な構造では経営判断は遅れ、上に行けば行くほど細部が見えなくなってしまう。


<図1>世界の水平分業型と日本の垂直統合型の最大の違いは参加者が対等なこと(筆者作成)
<図1>世界の水平分業型と日本の垂直統合型の最大の違いは参加者が対等なこと(筆者作成)


世界の半導体産業は、親会社からの完全独立で垂直統合型から水平分業型へ移行していった

世界の半導体産業は、もとから水平分業型であったわけではない。海外企業の場合は、昔は親会社の下で育った半導体部門を切り離して完全独立にする傾向が強い。日本は必ず支配下に置いた。これが会社業態で見たときの根本的な違いである。いくつかの事例を紹介しよう。

現在、世界半導体メーカー第6位のBroadcomは、通信用半導体としてQualcommと並んで大きな存在だ。そのルーツを逆上ると、Hewlett-Packard(HP)社に行きつく。同社は計測器メーカーから始まり、コンピュータメーカーになったが、その過程の中で分社化を何度も行った。

最初にはコンピュータメーカーへの転身を明確にするため、元々の計測器部門とその計測器に使う半導体部門をAgilent Technologiesとして1999年にスピンオフさせた。このときはすでにHP社は経営に口出ししなくなった。そして2005年、Agilentは計測器部門を中核として、半導体部門を切り離しAvago Technologiesとしてスピンオフさせた。Agilentは本来の測定器部門をKeysight Technologiesとしてさらに2014年に分社化させ、本体は分析機器メーカーとなった。スピンオフはファンドなどへの売却によるもので、親会社はまったく関与しない。

そのAvagoがBroadcom Corpを買収したが、知名度の高いBroadcomという名前を残し、Broadcom Ltd.となった。これが現在のBroadcomである。

実は筆者は、AvagoがAgilentから独立して間もないとき、偶然だったがAvagoを訪問したことがあった。そのとき、Avagoの人たち全員が、「これからは自分の責任だが、自分たちの好きなように方向性を決められる」と口々に言い、高揚感に満ち溢れていた。それもエンジニアやマーケティング担当者からマネージャーレベルに至るまですべての人たちが高揚していた。半導体以外の部門が半導体部門に口を出していたことがいかに迷惑だったかを示している。このときに出くわした彼らの高揚感は今でも忘れることができない。

同様に、FreescaleはMotorolaから独立し、このときも自分らの責任だが、自分の描く半導体ビジネスを行うことができるという高揚感は日本法人でさえも持っていた。こういった経験は実際に出くわさなければ味わうことができないかもしれないが、海外企業は、Avagoに限らず分社化する場合はファンドに売却し、半導体経営そのものは半導体事業部門に任せた。


欧州の半導体産業においても、親会社の改革から半導体部門は切り離されていった

欧州では日本と同様に総合電機が悩んでおり、自らの得意な分野を再定義し、派生していた半導体部門を売却した。ドイツの総合電機Siemensは、Infineon Technologiesとして半導体部門を切り離した。オランダのPhilipsは照明や医療関係に集中するため、半導体部門をNXP Semiconductor、半導体リソグラフィ装置部門をASMLとしてスピンオフさせた。米国と同様、ファンドに売却し、親会社の株式は10%程度しか持たなかった。このため経営に口を出すことは最初からなかった。

これらの例は総合電機の本体の経営状態が悪化したため、自らを再定義してそれ以外の事業部門を完全に切り捨てるということで分社化したため、子会社ではなかった。

半導体メーカー自身でも米国企業は模索し始めた。多くの中小半導体はファブレスに変身したり、工場を完全売却したりした。ファブレスとファウンドリに分かれ始めたときに、設計と製造を手掛ける統合メーカーであるIDMを選んだのはアナログICやパワー半導体の企業だけだった。純粋のデジタル企業でIDMを貫いたのはIntelだけだった。さまざまな企業がIDMからファブライト、そしてファブレスの道を選んだ。メモリ企業は設計が簡単であり、しかも大量生産できる製品だったから、IDMを貫いた。

そのような中、AMDは、ファブレスのAMDと、ファウンドリのGlobalFoundriesに分かれた。ファブレスのAMDは長い間、低迷していたが、CEOとして台湾系の女性博士エンジニアのLisa Sue氏がCEOになってから快進撃が始まった。また、GlobalFoundriesはアブダビのファンドが購入しプライベート企業としてやってきたため、経営状態が見えなかった。しかし2021年10月にナスダック市場に上場し、株式市場から資金調達ができるようになった。


水平分業型へ移行していった米国でも、半導体に関する国家プロジェクトは失敗したことがある

水平分業型へ移行していった米国でも、半導体に関する失敗事例がある。日本では霞が関のような官庁が半導体産業に口を出すことがずっと行われてきたが、米国では半導体企業が連邦政府に頼って補助金をもらうことがなかった。ただ唯一、SEMATECHという国家プロジェクトに資金を投入しながらも失敗に終わった。理由は、オールアメリカにこだわったからだ。

最初のSEMATECHは、IBMやTI、Intelといった大手半導体メーカーしか参加できない「金持ちクラブ」と揶揄され、例えばCypress SemiconductorのCEOだったT.J.Rogers氏は、中小企業が参加できないほどの高額の会費をSEMATECHに払わなければならない仕組みだったため、猛反対を繰り広げた。結局、連邦政府の援助による半導体コンソーシアムが効果を上げなかったために、連邦政府は補助金を打ち切った。このため、SEMATECHはオールアメリカの看板を外し、誰もが参加できるようにInternational SEMATECHという形にしてSamsungをはじめ外国企業が参加できる形に直し成功した。例えば、低コスト技術はSEMATECHの重要テーマの一つであり、日本と違い先端技術だけを追いかけるわけではなく、コスト競争力を高めるための技術開発を主眼としていた。

もともと米国半導体企業は、政府から補助金をもらうという形を嫌ってきたが、韓国や台湾がそれぞれの政府から援助を受けているという事実から、バイデン政権になってから政府も工場設立を支援すべきだという声が高まった。確かに最先端工場を設立する場合には高価な製造装置を揃えることを含め、1兆円台を突破するようになった。

現在、米国企業が政府からの補助金を要求するのにはわけがある。米国が半導体産業サプライチェーンの中で最も弱い部門が製造(前工程と後工程とも)であり、製造にコストが極めてかかるようになったからである。それ以外の設計や標準化、設計ツール、製造装置、半導体ユーザー、ITサービスなど上流から下流まで製造以外では米国はすべて強い<図2>。片や、日本は製造装置と材料以外はまったく弱い。だからこそ経済安全保障にはほど遠いという現実がある。


<図2>半導体産業サプライチェーンに注目したときの日米の強み比較(筆者作成)
<図2>半導体産業サプライチェーンに注目したときの日米の強み比較(筆者作成)


また米国は、中国が台湾を侵攻するという最悪のシナリオも想定しており、そのときに備えてTSMCの最先端工場をアリゾナ州へ誘致した。しかし、IntelのPat Gelsinger社長(CEO)は、米国議会で決議すべきは外国企業への支援ではなく米国企業への支援を優先すべきではないか、という意見を展開している。2022年4月15日の段階では、決着はついていない。



著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。


▽半導体入門講座

 

▽おすすめ関連記事

こちらの記事もおすすめ(PR)