アニサキスを殺虫するパルスパワーとは〜熊本大学が研究開発を進める「パルスパワー」(前編)

INTERVIEW

熊本大学
産業ナノマテリアル研究所
准教授 浪平 隆男

アニサキスは、主に食用の魚介類に付着する寄生虫(線虫類)の一種です。刺身などの魚介類を食べた際に、寄生虫(線虫類)の一種であるアニサキスが人の胃に刺入することによって引き起こされる食中毒、それが「アニサキス食中毒」です。厚生労働省が発表した「令和元年食中毒発生状況の概要」によれば、令和元年に国内で発生した1,061件の食中毒事件のうち、約3割の328件をアニサキスが占めています。近年、アニサキス食中毒は増加傾向にあり、食中毒原因の第1位となっているのです。(参考文献1)

魚介類を提供する水産業界においては、いかにアニサキス食中毒を防ぐか。これが業界全体として、喫緊に取り組むべき大きな課題となっています。その課題を解決すべく、「パルスパワー」という電気的なアニサキス殺虫方法を開発したのが熊本大学産業ナノマテリアル研究所と株式会社ジャパン・シーフーズらの共同研究グループです。瞬間的に大電流を流すことで魚身の内部にいるアニサキスを殺虫することに成功しています。

本連載では、熊本大学が研究開発を進めるパルスパワーの活用に注目します。前編となる今回は、熊本大学産業ナノマテリアル研究所准教授の浪平隆男(なみひら・たかお)氏に、パルスパワーを応用したアニサキス殺虫装置の開発ストーリーついてお伺いします。

アニキサスの殺虫方法はこれまで加熱か冷凍。身質への影響を少なくするニーズを受け、「パルスパワー」技術に注目

熊本大学産業ナノマテリアル研究所の浪平隆男准教授
熊本大学産業ナノマテリアル研究所の浪平隆男准教授


激しい腹痛や吐き気などを引き起こしてしまうアニサキス食中毒。生きたアニサキスを飲み込んでしまうと、胃壁に刺入し、食中毒を引き起こします。治療方法としては、胃カメラを飲んで映像を見ながらアニサキスを見つけ出し、鉗子でつまんで引き上げるしかありません。かなりの苦痛が伴います。この食中毒の存在を知ってから、寿司や刺身を食べる際に不安に思ってしまう人もいるのではないでしょうか。

アニサキスの殺虫方法は、これまで加熱するか、生色したいのであれば冷凍(マイナス20℃で24時間以上)するしかありませんでした。アニサキスは酸に強く、しめ鯖のようにお酢で締めると殺虫できるという事実はなく、しめ鯖を作る場合にも一旦冷凍する必要があります。しかし、冷凍・解凍は魚身のドリップ流出、退色、食感の軟化などの品質劣化を引き起こすとともに、商品を販売する際は「解凍」表示が必要になることから、商品価値を著しく下げてしまうことにつながります。水産業界では、身質への影響を少なくする形でのアニサキスの殺虫方法が求められていました。

「アニサキスには紫外線や超音波、放射線も効かない。高圧力も多少のダメージは与えますが、死滅には至りません。逆に魚の身が痛んでしまいます」(浪平氏)

そうした中、着目されたのが「パルスパワー」技術でした。パルスパワーとは、200V(または100V)の電源から電気エネルギーを一旦コンデンサへ蓄積し、これらをマイクロ〜ナノ秒レベルで取り出して得られる瞬間的な巨大電力です。

「電気エネルギーのパルスパワーの代表例が雷やカメラのフラッシュ、化学エネルギーでは花火やガソリンなどです。また、運動エネルギーはとんかちを振り下ろした際に生じる衝撃もそうです。短時間だけど、瞬間的に大きな力を出すのがパルスパワーの特徴です。その特徴を生かす形で、私たちはさまざまな応用を行っています」(浪平氏)

私たちが日常生活で使用している直流や交流といった電気の流れ方では、長時間使用することができますが、電力は低くなります。一方、パルスパワーは電気を圧縮することで、メガワットを超える巨大な電力を瞬間的かつ繰り返し得ることができるのです。

「今まで電気エネルギーでできなかったことができるようになります」と浪平氏は語り、産業ナノマテリアル研究所では産業実用化を目指した研究が行われています。

そんな産業ナノマテリアル研究所の研究に目をつけたのが、ジャパン・シーフーズでした。もともと、同社はブラックライトを利用した目視によるアニサキスの除去も行っていましたが、完全な除去は不可能であり、大量生産には不向きという課題があったのです。そこでアニサキスの殺虫にパルスパワーが使えないか、浪平氏に相談することにしました。

「出荷した商品からアニサキス食中毒になってしまう人がおり、その結果、営業停止になってしまう店舗もある。そのリスクを極力減らしたい、ということでした」(浪平氏)

パルスパワーを応用したアニサキス殺虫装置の模式図 ※アジフィーレ=アジ魚身(提供:熊本大学産業ナノマテリアル研究所)
パルスパワーを応用したアニサキス殺虫装置の模式図 ※アジフィーレ=アジ魚身(提供:熊本大学産業ナノマテリアル研究所)


パルスパワーを応用したアニサキス殺虫装置での処理品は、解凍品と比べて品質が高く、チルド(冷蔵)品の刺身に近い品質を実現

ジャパン・シーフーズは2017年度に熊本大学と共同研究契約を締結。浪平氏らを筆頭とした共同研究グループは翌18年度に経済産業省の「戦略的基盤技術高度化支援事業」に採択され、パルスパワーを応用したアニサキス殺虫装置の開発に取り組んでいきます。

「ジャパン・シーフーズは機械メーカーでもないですし、私たちも大学で装置を持っているわけではない。あくまで技術を持っているだけなので、プラントを造れるような人たちを巻き込んでプロトタイプをつくりましょう、ということでスタートしました」(浪平氏)

どういった仕様、どういった電圧、どういった電流、どれだけの回数流せばいいのか。実験を通して試行錯誤を繰り返しながら、同時に装置開発も進めていくことになります。

「実験では1,000匹のアニサキスを仕込んだアジの切り身460枚にパルスパワーで電流を流し、全アニサキスの殺虫を確認することができました。また4日間、5℃の状況で保存し安全確認を行った結果、大腸菌などの微生物検査やアレルギー反応に関するヒスタミンなどの有害物質などの測量検査でも問題はなく、安全性も確認できました」(浪平氏)

また、パルスパワーを活用した方法では、魚身の刺身としての品質を保ったままの殺虫処理が可能となり、冷凍に代わる殺虫方法として有用であることもわかったのです。「味・食感などの点で解凍品と比べて品質が高く、チルド(冷蔵)品の刺身に近い品質を保っていました」と浪平氏は言います。(参考文献2)

パルス処理により死亡したアニサキス(右)。パルス大電流を流すことにより魚身中のアニサキスが死亡し、白濁している(提供:浪平隆男氏)
パルス処理により死亡したアニサキス(右)。パルス大電流を流すことにより魚身中のアニサキスが死亡し、白濁している(提供:浪平隆男氏)


パルスパワーを応用したアニサキス殺虫装置は、今後1日に4トン処理できる大規模化を目指す

パルス処理したアジ魚身(右)は刺身としての品質を保っている(提供:熊本大学産業ナノマテリアル研究所)
パルス処理したアジ魚身(右)は刺身としての品質を保っている(提供:熊本大学産業ナノマテリアル研究所)


こうした実験で培った技術をもとに、実用化に向けてアニサキスを効果的に殺虫するための条件検討を行い、ジャパン・シーフーズ工場で使用するアニサキス殺虫装置のプロトタイプ機も完成しています。すでに殺虫処理をした生食用刺身もサンプル出荷されています。

「プロトタイプ機では3kgのアジの魚身に対して、ピーク電力100メガワットのパルスパワーを350回当てたところで、すべてのアニサキスを殺虫することができました。水槽に複数のアジを入れて、処理後取り出すバッチ式では、どうしても電流が流れたアジと電流が流れないアジとが混在し、その殺虫に確率的なものが生じるため、アジを攪拌しながら均等に殺虫していくためには、350回ほどの回数が必要となっています」(浪平氏)

また、電気を流すと電蝕作用で金属が溶け出す可能性を危惧する人もいますが、浪平氏によれば「1万回電流を流して水質検査をしても、まったく金属は検出されていない」とのことです。

現在、実用化に向けて、より低コスト、省エネルギーで殺虫処理できる条件を検証し、大量処理可能な装置開発を目指している共同研究グループ。「プロトタイプ機は1台で1日に300kgを処理できますが、今後はジャパン・シーフーズの1日の出荷量でもある4トンまで処理できる規模にしたい」と浪平氏は抱負を語ります。

実用化に向けて、装置の開発には理化学機器メーカーの柴田科学株式会社も協力しています。

「実際に販売する機械はどこがつくるのか。ひとつの課題ではあったのですが、柴田科学に相談したところ、協力していただけることになりました。今後はバッチ式から、ベルトコンベア式にし、より確実に処理できるよう改良を加えていく予定です」(浪平氏)

また、アジ以外の魚身を用いた試験も進めていくとのことです。

日本の文化でもある“魚の生食”。近年はアニサキス食中毒によって、アジやサバなどの生食をする人も減りつつありますが、このパルスパワーを活用した殺虫技術によって、食中毒を気にすることなく、安心して生でアジやサバなどの魚を楽しめる日々がやってくるかもしれません。

文/新國翔大
写真/嶺竜一

 

▽参考文献
参考文献1:「令和元年食中毒発生状況」(厚生労働省)、2019年12月
参考文献2:Takao Namihira, et al.「Inactivation of anisakis larva using pulsed power technology and quality evaluation of horse mackerel meat treated with pulsed power」Fisheries Science Vol.88, pp337-344 (2022))、2022年3月

 

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