人工骨を3Dプリンター造形で作る。骨置換性を高める材料と構造に注目〜バイオセミラックス3Dプリンターとは(前編)

INTERVIEW

株式会社リコー
渡邉 政樹

人工骨は、病気や外傷で欠損した骨を補うために開発された人工的な素材です。人工骨の材料として、人体に対する毒性がなく、生体組織への親和性が高く、かつ体内において高い耐久性を有する生体機能を代行するセラミックスである「バイオセラミックス」が知られています。2018年、株式会社リコーと理化学研究所は、3Dプリンターを用いた新たな人工骨の造形技術を発表しました。(参考文献1)

本連載では、バイオセミラックス3Dプリンターに注目します。前編となる今回は、リコーで中心的に本プロジェクトを実施している渡邉政樹(わたなべ・まさき)氏に、人工骨が必要とされる骨移植手術の現状と課題、および人工骨で注目すべき骨置換性を高める材料と構造についてお伺いします。

人工骨が必要とされる骨移植手術の現状と課題

人工骨が必要とされる骨移植手術の現状と課題について整理します。
交通事故などで骨が欠損してしまった場合、感染症にかかってしまった場合、骨が壊死してしまった場合、がんなどの腫瘍ができてしまった場合などに、それまであった骨を保存することが難しいケースがあります。そうした場合、骨の再建手術を行う必要があります。日本ではこれまで主に、切除しても生活にそれほど支障がないほかの場所の骨を切除し、患部に移植する自家骨手術が行われてきました。自家移植では、骨盤の一部である腸骨(ちょうこつ)や、膝から下の外側にある腓骨(ひこつ)から採取して移植するのが一般的です。

他人の骨を使う同種骨移植は他家移植と呼ばれますが、ドナーの少なさや、拒絶反応のリスクなどから、日本ではそれほど普及していません。また、日本では例がありませんが、世界では動物の骨を移植する方法(異種骨移植)も研究されています。

自家骨移植の場合、天然の骨は組織に吸収され一体化しやすいというメリットがあります。また自分の骨は免疫拒絶反応を起こす可能性がないというメリットもあります。

しかしデメリットもあります。患部の移植手術の前に、骨を切除するための手術が必要であり、麻酔も長時間になるため、患者の負担が大きいことです。事故や感染症のダメージがあったり、がんなどの病気で体力が落ちていたり、高齢のために、手術の負担に耐えられない場合もあるのです。

また、もちろん移植できる骨は無尽蔵にあるわけではありません。必要な形状や大きさの骨が取れるのかどうかという問題があります。さらに、採取と移植を1回の手術で終わらせるために、短時間で移植先の形状に加工できるのかという技術的な問題もあります。


<図1>骨欠損の理由とその対応について(リコー提供の資料をもとに編集部作成)
<図1>骨欠損の理由とその対応について(リコー提供の資料をもとに編集部作成)


人工骨で用いられる材料の種類と特徴

自家移植、他家移植以外の選択肢として、人工骨があります。<図1>
人工骨なら、自分の骨を採取する手術が必要ないため、患者の負担は小さくて済むというメリットがあります。また、大きさを気にする必要もありません。人工骨には主に、次のような選択肢があります。

●チタン(またはチタン合金)

高い強度がある。ただしチタンは骨置換性がない。金属アレルギーや炎症を起こすリスクがある。

●ハイドロキシアバタイト

焼き固めて成型するセラミックを使った人工骨。骨と異物反応を生じないが、骨置換性はほとんどない。

●リン酸三カルシウム(α-TCP、β-TCP)

生体内で吸収されるため骨置換される。α-TCPは骨置換性が高いが、強度が高くない。β-TCPは強度が高いが、α-TCPに比べて骨置換が遅い。

このように、一長一短あるのですが、ここでポイントになるのが骨置換性です。私たちの体の細胞は、日々新陳代謝しています。骨も同じです。骨は常に吸収(破骨細胞が骨を溶かす)と形成(骨芽細胞が新しい骨を作る)を繰り返していて、3〜4ヵ月で新しい骨に入れ替わっています。ほかから骨を移植した場合でも、この吸収と形成のサイクルの中に入ってしまえば、新しい骨に入れ替わってしまえるのです(骨置換)。自家骨移植の場合はおおよそスムーズに骨置換が行われるため、半年もすれば新しい骨に入れ替わってしまいます。

しかしチタンやハイドロキシアパタイトの場合は、骨置換が起こりません。体内では異物であり続けます。しかし、リン酸三カルシウムは、骨置換が起こります。

「骨置換性が高ければ、人工骨が溶けた後、もしくは同時に自家骨が再生し始め、元の自分自身の骨と一体化していきます。特に成長期の子どもでは、骨が成長するため、チタンなどの高強度な材料を長期的に体内に入れることは好ましくありません。骨の成長を阻害しないよう、早い段階で自家骨に置換することが望ましいです」(渡邉氏)

そこで近年、リン酸三カルシウムが人工骨として使用されるようになってきました。


人工骨をバイオセラミックス3Dプリンターで造形するメリットとは

こうしたことから、バイオセラミックスであるリン酸三カルシウムを材料に使い、3Dプリンターで人工骨を作る技術の開発を行なってきたのが、リコーと理化学研究所です。リコーが主に素材と3D造形プロセスの研究開発を担当し、理化学研究所が造形物に生物学的評価を担当する形で、2013年から共同開発をスタートさせました。

現在、市販されているリン酸三カルシウムの人工骨は、骨の欠損を埋める形で造形する顆粒タイプと、固形のブロックを削って造形するブロックタイプがあります。顆粒タイプは比較的小さな欠損や隙間を埋めるような時に使い、大きな欠損や負荷のかかる場所にはブロックタイプが選択されます。

これらの人工骨の成型法では、手術中の造形、フィッティングが必要になります。顆粒タイプでは骨の欠損部分に合わせて施術し、ブロックタイプは骨の隙間に合わせて現場で削って形を合わせていく作業が必要です。骨は複雑な立体構造ですから、事故や手術で削った欠損部をちょうど埋める形状をその場で作るのは簡単ではなく、医師の経験や技術によって差が出てしまいます。

バイオセラミックス3Dプリンターでの造形は、この課題を軽減させます。CTやMRIで撮影したデータから3次元データを作り、3Dプリンターでパーツを作るため、手術中のフィッティングの作業が減ります。医師も患者も負担が少なくてすみ、医師の手技の差も大きく出ません。

3Dプリンターにはさらなるメリットがあります。

「骨は表面の密度が高くて硬く、血液を作る骨髄のある内部は密度が低く弱い構造になっています。3Dプリンターは、この骨の構造まで再現することができます。部位ごとの骨の違いなども再現できます」(渡邉氏)

もともとあった骨の構造に近ければ近いほど良いことは間違いありません。人間の骨に近い組織構造を再現するためには、骨の内部まで含む3次元構造を設計し、高い精度で3次元造形する必要があります。3Dプリンターを使ったこの手法なら、骨置換性を持つ高強度材料で任意の3次元形状を造形できるのです。


人工骨の骨置換性を高める材料〜α-TCP粉末層にキレート剤などを含むインクを滴下し強度を出す

人工骨プリンターの開発はまず、材料の開発に注力したと言います。

「当初は、α-TCP、β-TCP、ハイドロキシアバタイトなどの材料、それからインクの材料などを吟味していきました。つぎに粒径を変えてみたり、濃度を変えてみたりといった実験を重ねて、組み合わせを変えてスクリーニングしていきました。そうして、やはり骨置換性がもっとも高いα-TCPをベースに、エチドロン酸などの添加剤を加えて、強度を出す工夫をしていこうと考えました」(渡邉氏)

次に注力したのは3Dプリンターの開発。プリンターを実際に試作し、実際に造形を試していきます。

「材料の粉をかける治具の距離、高さ、方式などもいろいろです。また粉のかけ方や粒度によって、表面の状態がざらざらになるなど変わってきます。そもそも粉を運ぶ治具はローラーがいいのか、ブレードがいいのか、またどんな材質を使ったらいいのかなど、いろいろなことをひとつずつチェックし、インクの粒の大きさを変えてみるなどしながら、少しずつ開発が進んでいきました」(渡邉氏)

共同研究グループは、バインダージェット方式をベースとした粉末積層装置と、α-TCPの粉末と、エチドロン酸などを含んだ新しいインクを用いて、人工骨の3次元造形手法を開発。3Dプリンター造形後にすぐに使え、高強度で高い骨置換性を持つ3次元造形人工骨を造形することができます。

インク吐出後は数秒で十分に硬化し、多孔質で高強度な造形物が製作できます。また、製作した造形物は、未硬化部を除去して数分水洗いするだけで、細胞が増殖できる状態になります。加熱等の処理も必要ないため、手術までの時間も節約できるといいます。<図2>


<図2>α-TCP粉末層の形成から造形物を得るまでのプロセス。(1)リコートにより粉末層を形成する。(2)粉末層上にバインダージェットヘッドから、エチドロン酸(キレート剤)などを含むインクを吐出する。すると、α-TCPはエチドロン酸とキレート反応により硬化する。(3)硬化しなかった粉末をエアーブローで取り除く。(4)キレート反応が起こらなかった部分を水洗によって除去する(提供:リコー)
<図2>α-TCP粉末層の形成から造形物を得るまでのプロセス。(1)リコートにより粉末層を形成する。(2)粉末層上にバインダージェットヘッドから、エチドロン酸(キレート剤)などを含むインクを吐出する。すると、α-TCPはエチドロン酸とキレート反応により硬化する。(3)硬化しなかった粉末をエアーブローで取り除く。(4)キレート反応が起こらなかった部分を水洗によって除去する(提供:リコー)


前述したようにα-TCPは、強度が課題でしたが、エチドロン酸とキレート反応により硬化しているため、インク吐出後は数秒で十分に硬化します。相対密度が60%でありながら、圧縮強度として自家骨と同等レベルの強度25~30メガパスカルを実現したのです。<図3>


<図3>実際に造形された人工骨(造形物)と、造形物の圧縮強度(提供:リコー)
<図3>実際に造形された人工骨(造形物)と、造形物の圧縮強度(提供:リコー)


人工骨の骨置換性を高める構造〜破骨細胞や骨芽細胞が侵入しやすい200um程度の穴を空ける

さらにプロセス条件を調整することにより、細胞が侵入しやすい200um程度の穴を空けることが可能になりました。この穴が空いていることが骨置換に非常に重要でした。<図4>

「この多孔質で、細胞が侵入しやすいサイズの穴があいていることによって、古くなった骨を吸収する破骨細胞と、新しい骨を作る骨芽細胞の仕組みが構築できるようになります」(渡邉氏)


<図4>人工骨の拡大写真を見ると、約200umの穴があいていることがわかる。ここに細胞が入り込むことができる(提供:リコー)
<図4>人工骨の拡大写真を見ると、約200umの穴があいていることがわかる。ここに細胞が入り込むことができる(提供:リコー)


従来方法のα-TCPのセメントと、新造型法を比べた例を見てみます。従来方法では4週間経っても同じ形態を維持して、周辺組織の侵入が見られないのに対し、新造型法では、約1週間で破骨細胞と骨芽細胞の侵入が見られます。このことから新たに開発した手法で製造した人工骨は、速やかに骨組織に入れ替わることが分かります。これが前項でも取り上げた骨置換性です。本物の骨と入れ替わっていくので、身体に違和感もありません。<図5>


<図5>動物の大腿骨を使って、従来方法と3Dプリンターを使った新造型法での比較。1週目から細胞が侵入していることがわかり、4週目になったときの違いは明らか(提供:リコー)
<図5>動物の大腿骨を使って、従来方法と3Dプリンターを使った新造型法での比較。1週目から細胞が侵入していることがわかり、4週目になったときの違いは明らか(提供:リコー)


今後の実用化やビジネス展開について

今後の実用化及びビジネス展開はどのような計画なのでしょうか。

「実用化に向けてまだやるべきことはたくさんあるのですが、ひとつは動物に対する安全性がどうかという生物学的なアプローチです。もうひとつは物理化学的な方面で、骨の構造を3D造形で緻密に設計した場合、造形した骨が吸収されていく速さと、自家骨が再生する速さのバランスを、どの程度狙い通りにコントロールできるのかなどを、チェックしていかなくてはなりません。

ビジネスの面は、まだまだ検討中ですが、機械を売っていくという方向ではないと思います。お医者さんは実際に手術で使う骨はほしいけど、機械がほしいという人はそんなに多くはいないと思うので。オーダーを受けて人工骨を作るサービスを提供する方向かもしれませんね。2023年度中に検証を行い、2025年度中の実用化を目指していきたいですね」(渡邉氏)

後編では理化学研究所のスタッフとしてこの共同プロジェクトに参加した、名古屋大学の医師である大山慎太郎氏に医師の立場からのお話を伺います。

文/栗山琢宏
写真/嶺竜一

 

▽参考文献
参考文献1:「あなたの骨を作ります -高い強度と骨置換性を持つ人工骨を3Dプリンターで製作する-」 (リコーニュースリリース)、2018年4月

 

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