病理医に聞く。医療現場の課題とデジタルパソロジー導入の価値とは《デジタルパソロジー導入で病理診断が変わる:後編》~医療現場に聞く遠隔医療のものづくり(11)

INTERVIEW

長崎大学大学院 病理学 教授
日本デジタルパソロジー研究会 会長
福岡 順也

遠隔医療ものづくり技術の最新動向について医療現場からの声をもとに紹介する本連載。第11回は、引き続きデジタルパソロジー」について紹介します。遠隔診療は、コロナ禍や医師不足、地方の過疎化、高齢化が進むなか注目が集まっていますが、その中でも患者の細胞を顕微鏡で観察して病状を診断する「病理医」の業務を遠隔化する「テレパソロジー(遠隔病理診断)」にもデジタルパソロジーが大きく関わっています。今回は、実際にデジタルパソロジーを利用している病理医であり、その普及を推進するデジタルパソロジー研究会会長の長崎大学大学福岡順也教授に、医療現場の課題やデジタルパソロジーの在り方、普及のために欠かせない視点を伺いました。

病理医がデジタルパソロジー導入を行う背景

病理医は、顕微鏡で細胞を診て、がんの種類など病気を特定し、主治医に治療方針をアドバイスする病理診断を行う患者の命に関わる重要な仕事です。がんの検査方法や治療方法の進歩に合わせて、病理診断のニーズは高まっています。一般社団法人日本病理学会『国民のためのより良い病理診断に向けた行動指針2021』によれば、2005年から2015年の間で、手術前後の病理診断の件数は2.2倍、術中迅速診断の件数は2.6倍へと増加しています。(参考情報1)

細胞をプレパラートに乗せて病理標本を作り、顕微鏡にセットして、病理医がレンズを覗き込んでピントを調節して診断する病理診断は、あまり効率の良いものではありません。この病理診断の効率を改善するため、病理標本をスキャナーでスキャンしてデジタル画像化する技術の開発が進められてきました。デジタル画像化が可能になり、PCのモニターで観察・診断が可能になれば、どこからでも病理診断ができるため、テレパソロジーも可能になります。

フィリップスが開発したデジタルパソロジーシステム「フィリップス インテリサイト パソロジー ソリューション」は、2017年に日本で初めて薬事承認を取得しました。オリンパスやライカといったメーカーも開発に取り組んでいます。ライカの「AT2 DX」というシステムも2020年末に薬事承認を取得しています。

では、医療の現場でデジタルパソロジーはどのように用いられているのでしょうか。


病理医を取り巻く医療現場の課題は、人手不足と地域格差

長崎大学大学院病理学教授 日本デジタルパソロジー研究会会長 福岡順也氏
長崎大学大学院病理学教授 日本デジタルパソロジー研究会会長 福岡順也氏


──── 病理医の業務とはどのようなものなのでしょうか。

福岡氏(以下同):
病理医の業務は、細胞レベルでの観察によって患者さんの病気の原因を特定する「病理診断」が主な仕事です。ほとんどの時間、光学顕微鏡などで組織を観察するため、患者さんと直接接する機会は多くありませんが、2008年の医療法改正で『病理診療科』が標榜科目として認められたことで他の医師と同じように臨床医として患者さんに直接接することができるようになり、医療の現場で病理医の携わる範囲は増えてきています。また、亡くなった方のご遺体から直接死因の解明や治療効果を判断する「病理解剖」も業務の一つです。

病理診断が活用される病気の代表例ががんで、患者さんが病気に罹患しているかどうかや進行度合い(ステージ)、これまでの治療の効き具合などを判断し、治療方針を策定する根拠にします。病理医は進行したがんに対して病理検体から遺伝子を調べて一人ひとりの体質や症状に合わせた治療法を判断する最新医療「がんゲノム医療」の検査の中心的役割を担っています。

手術中に採取した組織をその場で観察する「術中迅速診断」も重要です。例えば肺にできたがんを切除するとしても、それが肺の細胞から発生したのかほかの箇所から転移したのかはがん細胞および周辺の組織をしっかり観察しなければわかりません。手術の場に病理医がいれば、その場で最適な術式へと変更可能ですが、いない場合は臨床医がこれを経験則や確率で推理して、「とりあえず安全で経過を見よう」と手術を先延ばしするか、最初から周辺の正常な肺を含めて切除する選択をしなければなりません。このように豊富な経験に基づき慎重な観察をもとに重要な診断を下すのが、病理医の仕事です。

デジタルパソロジーはデジタル画像を撮影し、ディスプレイに表示して病理標本を観察するものです。デジタル保存された病理標本はスライドガラスと異なり遠隔地での診断に役立てることができます。また、近年ではAIによる画像認識技術も発展してきており、診断の補助への導入が進みつつあります。


──── 病理医を取り巻く医療現場にはどのような課題があるのでしょうか。

やはり人手不足と地域格差が大きな課題です。現在、日本の病理専門医の数は約2,700名。一般社団法人日本病理学会『国民のためのより良い病理診断に向けた行動指針2019』によれば病理医は日本の医師の中で最も不足しているとも言われ、がんの手術を行っているのに専任の病理医がいない病院も存在する状態です。(参考情報2)

病理医の人数が3,100名程度に増えればこうした問題はとりあえず解決するとされていますが、それはすべての病理医があらゆる分野の知識を身につけていると仮定した場合の話で、病理医には人によって「肺の診断経験は豊富だが、皮膚の症例はあまり診たことがない」といった得意不得意があります。それも考慮するとすべての病院で全身の病理診断を満足に行うためには、私見ですが5,000名程度の病理医が必要になるのではないでしょうか。中には1万人必要とする意見もあります。

地域格差も問題です。関東地区に勤務する病理医は全体の36%を占めており、地方病院の過疎化が進んでいます。もちろん地方病院でも病理医の育成を進めていますが、すでに指導を行える医師や研修の要件を満たす解剖症例数を用意できない病院も増えており、安定的な指導体制を確保できていないのが現状です。


デジタルパソロジー導入のメリットは、病理医同士がノウハウを共有できること



──── こうした人手不足に対する解決策になりうるのがデジタルパソロジーだということでしょうか。

デジタルパソロジーのおかげで病理の術中迅速診断をこなせている医療機関は数多く存在します。例えば、私が勤務している長崎大学のネットワークでは県内外13の病院同士でネットワークを構築し、遠隔で術中迅速診断やアドバイスを行っています。その中には、以前は常勤病理医がいなかったためほとんど術中迅速診断を行えませんでしたが、テレパソロジーによって毎日のように術中迅速診断をこなすようになった病院も存在します。デジタルパソロジーが整備されていれば、常勤の病理医が充足していない病院でも病理診断が行えるのです。

デジタルパソロジーによって、それぞれの病理医がお互いの長所・短所をカバーしあうことも可能です。例えばグループ内の肺に関する症状はすべて私が診ていますし、逆に私があまり件数をこなしていない軟部腫瘍や皮膚症例などは他の先生に診てもらってアドバイスをいただくこともあります。時間に余裕のある病理医が、多忙な病院の診断を手伝うこともあります。

また、ほかの先生と一緒に診断することで、一人で診断しているだけでは気づけない視点も見えてきて、学びになります。病理診断においては、病理医の専門性も大事ですが、ちょっとしたクセなどの個人差を知ることも非常に大事です。こうした差異を確認できる機会は、デジタルパソロジーによって大きく増えました。


──── 病理医が不足している中でも病理診断を行えるだけでなく、病理医同士が一緒に診断できる点もデジタルパソロジーの魅力だというわけですね。

はい。デジタルパソロジーの最大のメリットは、病理医同士で知識や経験、症例を共有できることだと考えています。若い病理医は遠隔診断によってベテランの判断をリアルタイムで観察し、ベテランにアドバイスをもらいながら難解な症例の診断を下すことができます。これまでのように顕微鏡だけで病理診断を行う中では、病理医不足の現状では、普段の勤務中にほかの病理医の知見を吸収できる機会はなかなか訪れません。こうした機会は、病理医としての経験を磨くための大きな糧になるでしょう。

正確な診断を下すため、そして育成のためにも複数人の病理医で診断する機会は非常に重要です。先ほどは日本には5,000人程度の病理医が必要だと思うと言いましたが、こうした点を踏まえるともっとたくさんの数が欲しいというのが本音ですね。デジタルパソロジーは、人手不足の中でも病理医同士の協働を実現できる存在です。

また、臨床医や患者さんが病理標本にアクセスしやすくなったのも、デジタルパソロジーの利点ですね。これまでは観察に光学顕微鏡が必要でしたが、デジタルパソロジーではモニターに表示された病理標本を誰でも目にすることができます。より多くの人が標本画像に触れることで、病理診断に対する理解が深まってくれるかもしれません。


デジタルパソロジー普及には、関わった病理医へ報酬が出るような制度設計が必要

──── すでに多くの病院にデジタルパソロジーは導入されているのでしょうか。

術中迅速診断をデジタルパソロジーの運用にて遠隔化する病院は10年程前から増えていますが、デジタルスキャナを導入してあらゆるプロセスをデジタル化している病院はまだ多くありません。多くの総合病院がデジタル化を取り入れるには、なんらかの新たな診療加算が必要で、そういった金銭的サポートがない場合、機材のコストは高すぎると言わざるを得ません。また、ビューワーおよび画像解析ソフトの完成度やスキャンの精度も、十分なデジタル診療を行うためにはまだまだ不完全です。

同じように、AIによる画像診断も普及しているとは言いがたい状況です。私個人としては見逃しチェックや自動計測といった機能を有するAIを自施設にて構築し日常的に使用しており、すでに欠かせない存在になっていますが、病理医全体でAIを使いこなせている人はまだ1%程度しかいないのではないでしょうか。

今後は診断ミスのチェックにとどまらず、病変の検出などの直接的な診断をAIで行うようになるはずです。その場合はソフトウェアをクラウドに接続して過去の症例を教師データとして活用したり、海外で販売されているソフトウェアを導入したりしなければなりません。そのためにはデジタルパソロジーとAIの両方がより普及していく必要があるでしょうね。


──── デジタルパソロジーの普及は少しずつ進んでいますが、課題に感じていることはありますか。

高機能の機材を導入しても、現状ではデジタル技術やAIに対応できる、もしくはしたいと希望する病理医があまりいないことが課題です。もちろん、デジタルパソロジーの普及が進むにつれてある程度は自然に解消されるでしょう。病理標本にアクセスしやすくなったとはいえ、病理診断の知識を持ち合わせているのは病理医のみ。であれば、AIの扱いなども含めて病理医がマスターして、周囲と上手く連携できる存在になるべきです。

また、デジタルパソロジーは病理医の働き方を大きく変えますが、そうした柔軟な変化に制度面が対応できるかが心配です。例えば、他の病院が行う病理診断に遠隔でアドバイスしても、現状ではそれに対する診断報酬は発生しません。そのため現状では手助けする機会の多い優秀な先生はむしろ無償労働が増えてしまう。業務を効率化するはずのデジタルパソロジーで業務量が増えるという逆転現象が起こってしまうのです。

こうした事態をなくすため、デジタルでのコンサルティングやアドバイスにもきちんと報酬が出るような仕組み作りが必要なように思われます。先ほど病理診断には複数人の視点が重要だと話しましたが、その実現に対して制度が追いついていないと思われるのです。

私が約10年前に初めてデジタルパソロジーに出合ったとき、これは病理医のあり方を根底から覆すゲームチェンジャーだと確信しました。この直感が現実になるよう、引き続き活動を続けていきます。


文/野口直希

▽参考文献
参考文献1:「国民のためのより良い病理診断に向けた行動指針2021」(一般社団法人日本病理学会)、2021年4月
参考文献2:「国民のためのより良い病理診断に向けた行動指針2019」(一般社団法人日本病理学会)、2019年4月

 

▽医療現場に聞く遠隔医療のものづくり

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